森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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72、手当て(1)

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 青年から滴る血が、リルの肩口を濡らす。
 全身甲冑の騎士を背負ってきた少女は、大樹の家に入るなり大声で呼びかけた。
「お願い、この人を寝かせられる場所を作って!」
 すると、普段は言うことを聞いてくれた試しのない『家』が動き出した。リビングに置いてある腰の高さほどのテーブルが形を変え、低く長いベッドになった。

「ありがとう!」

 リルは早速彼をベッドに下ろした。寝ているノワゼアはバッグごと椅子の上に置く。
 苦痛に顔を歪める青年の息は細く短い。彼女は傷を診ようと金色の鎧に手を掛けるが、

「脱がせ方が解らない……」

 全身甲冑なんてシルウァの街でもあまり見たことはないし、当然リルが扱い方を知るわけがない。鎧は大蛇に噛まれて横腹に拳大の穴は開いているものの、それ以外は原型を留めている。とりあえず力任せに引っ張ってみると、パキリと小気味の良い音を立てて接合部の金具が折れた。

「わっ!」

 簡単に外れてしまったことに驚くが、手を止めている暇はない。美しい鎧を破壊する罪悪感に駆られながらも、金具を折り革ベルトを引きちぎって、どんどん騎士の武装を解いていく。

(大蛇に投げ飛ばされても壊れなかったんだから、鎧が弱いわけじゃないよね?)

 ならばリルのこの怪力は、なんらかの魔力が作用している証拠だ。
 一緒にお茶を飲み語り合った森の住人の力が、彼女の中に宿っている。
 胸鎧ブレストプレートを外すと、絶え間なく血の吹き出す脇腹の患部が顕になった。周辺の皮膚が紫に変色しているのは毒を受けたせいだろう。

(私一人じゃ対処しきれない……)

 絶望ではなく前向きに事態を受け止めたリルは、ドアを開けて森に叫んだ。

「ヒメちゃん、こっちに来て! あと、誰か近くにいたら手伝って!」

 途端に井戸から藍色の髪の女の子が、畑の土の中からは赤いとんがり帽子の五人のノームが這い出してきた。

「やれやれ、騒々しい。何事じゃ?」

 呆れたように入ってきたヒメミナに、リルは早速指示を出す。

「ヒメちゃん、この人の傷口を洗ってあげて」

 ヒメミナは水の精霊だ。洗い流す作業は得意のはずとリルは当たりを付けていたのだが。人外の少女は人間の負傷者を一瞥すると、小首を傾げた。

「洗うだけでいいのか?」

「へ?」

「毒も浄化してやろうか?」

 彼女の言葉に、リルはまんまるに目を見開く。

「できるの!?」

「水の精霊は清めるのが得意じゃぞ」

 当然、と胸を張るヒメミナに、リルは感激で泣きそうになる。

「さすがヒメちゃん、頼りになる!」

「あ、抱きつくのはやめい。わらわは汚れるのが嫌いじゃ」

 思わずハグしそうになった返り血塗れのリルを、ヒメミナはきっぱり拒絶した。
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