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67、遭遇

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 山のようなグラウンの作った日陰に座って、この森の歴史やノワゼアの昔話を聞く。お茶を飲み干したタイミングで会話が途切れると、老地竜は嘴をクワッと開いて大あくびをした。

「やれやれ、楽しくて少々話しすぎたわい。儂はそろそろ休むとしよう」

 眠そうに瞬きすると、甲羅に手足を引っ込める。

「ノワゼア、お嬢さん、また来ておくれ」

「はい、是非!」

 グラウンの別れの挨拶に、リルが元気よく頷いた瞬間、

「二人の結婚式には主賓で招待しておくれよ」

「じーさん、スピーチも頼むぜ!」

 ……やっぱり嫁問題が解決していなかった。

「そんな予定はありません」

 勝手な人外達にリルは無表情でツッコんだ。
 頭まで甲羅に引っ込めて完全に山と化したグラウンの元を後にし、リル達は大樹の家へと歩き出す。

「グラウンさんの話、面白かった。生まれたばかりのノワ君を踏み潰しそうになった話、お腹を抱えて笑っちゃったよ」

 楽しそうに喋るリルに、ノワゼアは眉間を寄せる。

「我はあの話を何十年も何千回と聞かされて耳タコだ」

 霊獣と人とでは時間の流れが違う。うんざりするほどの時間を、黒狐と地竜は共有してきたのだろう。

「でも、あんなにはしゃいでるじーさんは久しぶりに見たな」

 ぼそっと呟いたノワゼアは、長い鼻で人間の少女を振り仰ぐ。

「また話し相手になってくれたら、じーさんも喜ぶ」

「うん。勿論だよ」

 このぶっきらぼうな子狐が心優しいことをリルは知っている。笑顔を返す少女に口の端で笑って、ノワゼアはポンッと宙返りして人間に変化した。

「まだ日暮れまでは時間があるな。もう少し散歩するか」

 十歳の少年の姿で手を繋いでくるノワゼアに、なんとなくくすぐったい気持ちになる。

(嫁にしたいって、どれくらい本気なんだろ?)

 実年齢はリルより歳上なはずだが、とにかく見た目が愛くるしいので、人懐っこい近所の子どもとしか認識できない。

(そもそも、この森の住人の結婚の定義って? スイウさんは一人暮らしだったっぽいけど、魔法使いって恋人作ってもいいの?)

 考え出すと止まらない。ずぶずぶと深みに嵌っていくリルをよそに、ノワゼアは彼女の手を引きずんずん進んでいく。

「あっちに花畑があるぞ。今は白い花が見頃なんだ」

 振り返って言うノワゼアに、リルは思考を浮上させる。

「そうなんだ。楽しみ」

 今はややこしい考えは放っておいて、森の散策に集中しよう。……そう思った、矢先。

 ガサッ!

 目の前の藪が揺れた。
 低木の枝を掻き分け出てきたのは……。
 金色の鎧を着た青年だった。少しくすんだ栗色の髪の秀麗な顔立ちの彼は、リル達を見つけると榛色の瞳を大きく見開いた。まるで、何故ここに人間がいるのかと驚いているように。
 額から流れた血が頬を濡らし、長剣を持つ右手はだらりと垂れ下がっている。ところどころひしゃげた鎧に、リルは息を呑んだ。鎧の青年は、明らかに怪我をしている。

「だ、大丈夫ですか!?」

 リルが慌てて近づこうとした瞬間、青年は血の滲む唇を開いて叫んだ。

「逃げてくだ……っ」

 ――刹那。

 ゴウッ!!

 突如現れた巨大なまだらの蛇が、彼の胴に噛みついた。
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