67 / 140
67、遭遇
しおりを挟む
山のようなグラウンの作った日陰に座って、この森の歴史やノワゼアの昔話を聞く。お茶を飲み干したタイミングで会話が途切れると、老地竜は嘴をクワッと開いて大あくびをした。
「やれやれ、楽しくて少々話しすぎたわい。儂はそろそろ休むとしよう」
眠そうに瞬きすると、甲羅に手足を引っ込める。
「ノワゼア、お嬢さん、また来ておくれ」
「はい、是非!」
グラウンの別れの挨拶に、リルが元気よく頷いた瞬間、
「二人の結婚式には主賓で招待しておくれよ」
「じーさん、スピーチも頼むぜ!」
……やっぱり嫁問題が解決していなかった。
「そんな予定はありません」
勝手な人外達にリルは無表情でツッコんだ。
頭まで甲羅に引っ込めて完全に山と化したグラウンの元を後にし、リル達は大樹の家へと歩き出す。
「グラウンさんの話、面白かった。生まれたばかりのノワ君を踏み潰しそうになった話、お腹を抱えて笑っちゃったよ」
楽しそうに喋るリルに、ノワゼアは眉間を寄せる。
「我はあの話を何十年も何千回と聞かされて耳タコだ」
霊獣と人とでは時間の流れが違う。うんざりするほどの時間を、黒狐と地竜は共有してきたのだろう。
「でも、あんなにはしゃいでるじーさんは久しぶりに見たな」
ぼそっと呟いたノワゼアは、長い鼻で人間の少女を振り仰ぐ。
「また話し相手になってくれたら、じーさんも喜ぶ」
「うん。勿論だよ」
このぶっきらぼうな子狐が心優しいことをリルは知っている。笑顔を返す少女に口の端で笑って、ノワゼアはポンッと宙返りして人間に変化した。
「まだ日暮れまでは時間があるな。もう少し散歩するか」
十歳の少年の姿で手を繋いでくるノワゼアに、なんとなくくすぐったい気持ちになる。
(嫁にしたいって、どれくらい本気なんだろ?)
実年齢はリルより歳上なはずだが、とにかく見た目が愛くるしいので、人懐っこい近所の子どもとしか認識できない。
(そもそも、この森の住人の結婚の定義って? スイウさんは一人暮らしだったっぽいけど、魔法使いって恋人作ってもいいの?)
考え出すと止まらない。ずぶずぶと深みに嵌っていくリルをよそに、ノワゼアは彼女の手を引きずんずん進んでいく。
「あっちに花畑があるぞ。今は白い花が見頃なんだ」
振り返って言うノワゼアに、リルは思考を浮上させる。
「そうなんだ。楽しみ」
今はややこしい考えは放っておいて、森の散策に集中しよう。……そう思った、矢先。
ガサッ!
目の前の藪が揺れた。
低木の枝を掻き分け出てきたのは……。
金色の鎧を着た青年だった。少しくすんだ栗色の髪の秀麗な顔立ちの彼は、リル達を見つけると榛色の瞳を大きく見開いた。まるで、何故ここに人間がいるのかと驚いているように。
額から流れた血が頬を濡らし、長剣を持つ右手はだらりと垂れ下がっている。ところどころひしゃげた鎧に、リルは息を呑んだ。鎧の青年は、明らかに怪我をしている。
「だ、大丈夫ですか!?」
リルが慌てて近づこうとした瞬間、青年は血の滲む唇を開いて叫んだ。
「逃げてくだ……っ」
――刹那。
ゴウッ!!
突如現れた巨大な斑の蛇が、彼の胴に噛みついた。
「やれやれ、楽しくて少々話しすぎたわい。儂はそろそろ休むとしよう」
眠そうに瞬きすると、甲羅に手足を引っ込める。
「ノワゼア、お嬢さん、また来ておくれ」
「はい、是非!」
グラウンの別れの挨拶に、リルが元気よく頷いた瞬間、
「二人の結婚式には主賓で招待しておくれよ」
「じーさん、スピーチも頼むぜ!」
……やっぱり嫁問題が解決していなかった。
「そんな予定はありません」
勝手な人外達にリルは無表情でツッコんだ。
頭まで甲羅に引っ込めて完全に山と化したグラウンの元を後にし、リル達は大樹の家へと歩き出す。
「グラウンさんの話、面白かった。生まれたばかりのノワ君を踏み潰しそうになった話、お腹を抱えて笑っちゃったよ」
楽しそうに喋るリルに、ノワゼアは眉間を寄せる。
「我はあの話を何十年も何千回と聞かされて耳タコだ」
霊獣と人とでは時間の流れが違う。うんざりするほどの時間を、黒狐と地竜は共有してきたのだろう。
「でも、あんなにはしゃいでるじーさんは久しぶりに見たな」
ぼそっと呟いたノワゼアは、長い鼻で人間の少女を振り仰ぐ。
「また話し相手になってくれたら、じーさんも喜ぶ」
「うん。勿論だよ」
このぶっきらぼうな子狐が心優しいことをリルは知っている。笑顔を返す少女に口の端で笑って、ノワゼアはポンッと宙返りして人間に変化した。
「まだ日暮れまでは時間があるな。もう少し散歩するか」
十歳の少年の姿で手を繋いでくるノワゼアに、なんとなくくすぐったい気持ちになる。
(嫁にしたいって、どれくらい本気なんだろ?)
実年齢はリルより歳上なはずだが、とにかく見た目が愛くるしいので、人懐っこい近所の子どもとしか認識できない。
(そもそも、この森の住人の結婚の定義って? スイウさんは一人暮らしだったっぽいけど、魔法使いって恋人作ってもいいの?)
考え出すと止まらない。ずぶずぶと深みに嵌っていくリルをよそに、ノワゼアは彼女の手を引きずんずん進んでいく。
「あっちに花畑があるぞ。今は白い花が見頃なんだ」
振り返って言うノワゼアに、リルは思考を浮上させる。
「そうなんだ。楽しみ」
今はややこしい考えは放っておいて、森の散策に集中しよう。……そう思った、矢先。
ガサッ!
目の前の藪が揺れた。
低木の枝を掻き分け出てきたのは……。
金色の鎧を着た青年だった。少しくすんだ栗色の髪の秀麗な顔立ちの彼は、リル達を見つけると榛色の瞳を大きく見開いた。まるで、何故ここに人間がいるのかと驚いているように。
額から流れた血が頬を濡らし、長剣を持つ右手はだらりと垂れ下がっている。ところどころひしゃげた鎧に、リルは息を呑んだ。鎧の青年は、明らかに怪我をしている。
「だ、大丈夫ですか!?」
リルが慌てて近づこうとした瞬間、青年は血の滲む唇を開いて叫んだ。
「逃げてくだ……っ」
――刹那。
ゴウッ!!
突如現れた巨大な斑の蛇が、彼の胴に噛みついた。
31
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
メイドは眠りから目が覚めた公爵様を、誤って魅了する
MOMO-tank
恋愛
半年前に王太子を庇い、魅了の秘薬を体に浴びてしまった騎士団長で公爵でもあるスティーブンは、その日からずっと眠り続けている。
"目覚めて最初に見た者に魅了される恐れがある"
公爵家では厳戒態勢が敷かれていた。
ある夜、人員不足により公爵の見張りを任されたメイドのジョイだったが、運悪く目覚めたスティーブンに顔を見られてしまう。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
悪役令嬢に転生したら病気で寝たきりだった⁉︎完治したあとは、婚約者と一緒に村を復興します!
Y.Itoda
恋愛
目を覚ましたら、悪役令嬢だった。
転生前も寝たきりだったのに。
次から次へと聞かされる、かつての自分が犯した数々の悪事。受け止めきれなかった。
でも、そんなセリーナを見捨てなかった婚約者ライオネル。
何でも治癒できるという、魔法を探しに海底遺跡へと。
病気を克服した後は、二人で街の復興に尽力する。
過去を克服し、二人の行く末は?
ハッピーエンド、結婚へ!
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる