森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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66、ノワゼアの友人(3)

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 地属性尽くしの茶葉原料の収集が終わると、問題はただ一つ。

「ティーカップがない」

 井戸底の石があるから水には困らないし、今のリルには湯を沸かす能力もある。しかし、お茶を淹れる器がないのだ。
 今回はクレーネ達のように手のひらをお椀にするのも難しい。どうしようかと悩んでいると、

「儂の茶碗ならにあるぞい」

 助け舟を出してきたのは、当のグラウンだった。

「そこ?」

 亀の首が指し示す方を向くと、そこには樹齢三百年は超えるであろう大きな木の切り株が。中は丸くくり抜かれていて、まるで根の生えた洗面器のようだ。

「すごい! グラウンさん専用のティーカップがあるんですね」

 素直に感心するリルに、老地竜はほっほっほと笑う。

「今の前の前の前の魔法使いが作ってくれたのじゃ。熱に強く、腐らない加工がしてあるんだと」

 ……スイウ今代が百四十年だから、先々々代は一体どれくらい昔なのだろう。森の時間の悠久さに、リルは目眩を覚える。

「では、早速作りますね」

 気を取り直し、若き魔法使いの卵は地竜専用ティーカップに茶葉を入れる。

「ヒメちゃん、お願いね」

 感謝を込めて井戸底の石を投入すると、すぐに滑らかな切り株の内部に水が満ちる。

(【石の沈黙】の渋みが出ないように、今回はちょっとぬるめに)

 手を翳し、温度を調整する。火魔法の扱いもだいぶ板についてきた。じわりと湯が色づいてきたら、木の棒で静かにかき混ぜて完成だ。

「さあ、召し上がれ」

 リルが促すと、グラウンは重い体を揺らしながら切り株に近づいてきた。彼が一歩踏み出すと振動で周りの木々が震え、鳥が一斉に飛び立つ。
 巨大亀は首を伸ばして専用ティーカップに鼻先を突っ込んだ。グビグビと勢いよく半分ほど飲んでから、おもむろに顔を上げる。

「ほう。なるほど、なるほど」

 しきりに頷いてから、またティーカップに顔を寄せる。

「たしかにおかしい。歴代のどの魔法使いとも違う。しかも、こんなにおかしいのに美味いのお」

「……褒められてるのか貶されてるのか微妙なんですけど」

 スイウにも似たような感想を言われているリルは、複雑な気分だ。

「ほら、やっぱ変だろ? でも美味いんだよ!」

 近くに生えていた笹の葉をカップにしてお茶を分けてもらったノワゼアが、何故か得意満面で大威張りする。
 ……リルのお茶に対する評価は、総じて『変』らしい。多少は傷つきはするが、美味しいのだから良いだろうと必死に開き直ってみる。

碧謐の森にも新しい風が吹くのじゃなあ」

 遠い目をしながら、永い歳月を生きる霊獣がしみじみ呟く。

「お嬢さん、ノワゼアをよろしくな。これからはあんたら若いモンの時代じゃ」

 真っ黒な優しい瞳で言われ、リルは背筋を伸ばす。

「はい、頑張ります」

「我の方がリルの面倒を見てるんだけどな」

 即座にノワゼアに茶々を入れられ、リルは「もう!」と頬を膨らます。
 そんな若い二人のやり取りに、老地竜は地響きを立てながら笑った。
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