森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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65、ノワゼアの友人(2)

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「ひさしぶりじゃのお、ノワゼア。いつぶりじゃ?」

 のんびりした巨大亀の言葉に、狐は苦笑を返す。

「ひさしぶりじゃない。前に会ったのは三日前だ」

「おお。そうじゃった、そうじゃった」

 くちばしを開いて低い声で笑うと、まるで地響きのようだ。

「して、そちらのお嬢さんは?」

「前に話したろ? 我の嫁」

「違います」

 亀と狐の会話に、すかさず人間が割って入った。

「私は大樹の家でお世話になっているリルです」

 自己紹介する人間に、亀は小首を傾げ、

「つまり、スイウの嫁か」

「違います」

 ……とりあえず、嫁問題から離れて欲しい。

「私、最近この森に来たのでご挨拶を」

「それはご丁寧に。わし黒甲地竜こっこうちりゅうのグラウンと申す」

 巨大亀の言葉に、リルは目をぱちくりさせる。

「竜!? グラウンさん、竜なんですか?」

 びっくり仰天の人間の少女に、老いた地竜は甲羅を揺すって笑う。

「そうじゃよ。お嬢さん、竜には初めて会ったのかい?」

「はい!」

 元気よく頷くリルに、グラウンはますます愉快そうに、

「そうか、そうか。この森の竜もだいぶ減ってしまったから、珍しかろうて。それにしても、新鮮な驚き方をしてくれて嬉しいのお。やはり、竜族たるものおそれられてなんぼじゃからの」

「我なんて、初めて変化の術を見せた時はリルを失神させたんだぞ」

 横からノワゼアが張り合ってくる。どうやら霊獣的には人間に驚愕されることがステータスのようだ。

「時にお嬢さん、魔法使いの家に住んでいるのなら、お茶を淹れられるのかい?」

「はい。勉強中ですが」

「リルのお茶は美味いぞ。なんかおかしな味がする!」

 謙遜するリルをノワゼアが持ち上げるが、褒め方が微妙だ。
 グラウンは「そうか、そうか」と笑って、体を斜めに傾けた。

「ならば儂にお茶をもらえんかのお。ほら、材料はここに」

「材料?」

 リルは不思議そうに自分に向けられた地竜の甲羅を見上げ、「わっ!」と叫んだ。

「この苔、【安寧の日々】だ! こっちの木は【土竜もぐらの髭の木】だし、この花は【石の沈黙】だよね」

 小山のような甲羅の上によじ登り、茶葉の原料の採取を始めたリルははっと気づいた。


「もしかして、文献に書いてあった『地属性の植物の群生地』って……」


 ……間違いなく、グラウンの背中のことだろう。

「なあ、リル」

 身を屈めてせっせと苔を集めるリルの肩に、体重の軽い子狐が飛び乗ってくる。

「なぁに?」

「そこの細い草は茶に入れないでくれ」

「【閑なる刻】のこと? どうして? ちょっと苦味があって美味しいのに」

「……その苦味が嫌なのだ」

 むうっと口角を下げるノワゼアに、巨大な地竜が大地を揺らす。

「ほっほっほ、ノワゼアは好き嫌いしているから、いつまで経っても子狐のままなんじゃぞ」

「うるせー、くそじじい!」

 慈愛たっぷりにからかう竜に、躊躇なく拗ねる狐。
 二人のやり取りは、まるで本当の祖父と孫のようで……。
 リルの頬は自然に緩んでしまった。
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