森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

文字の大きさ
上 下
65 / 140

65、ノワゼアの友人(2)

しおりを挟む
「ひさしぶりじゃのお、ノワゼア。いつぶりじゃ?」

 のんびりした巨大亀の言葉に、狐は苦笑を返す。

「ひさしぶりじゃない。前に会ったのは三日前だ」

「おお。そうじゃった、そうじゃった」

 くちばしを開いて低い声で笑うと、まるで地響きのようだ。

「して、そちらのお嬢さんは?」

「前に話したろ? 我の嫁」

「違います」

 亀と狐の会話に、すかさず人間が割って入った。

「私は大樹の家でお世話になっているリルです」

 自己紹介する人間に、亀は小首を傾げ、

「つまり、スイウの嫁か」

「違います」

 ……とりあえず、嫁問題から離れて欲しい。

「私、最近この森に来たのでご挨拶を」

「それはご丁寧に。わし黒甲地竜こっこうちりゅうのグラウンと申す」

 巨大亀の言葉に、リルは目をぱちくりさせる。

「竜!? グラウンさん、竜なんですか?」

 びっくり仰天の人間の少女に、老いた地竜は甲羅を揺すって笑う。

「そうじゃよ。お嬢さん、竜には初めて会ったのかい?」

「はい!」

 元気よく頷くリルに、グラウンはますます愉快そうに、

「そうか、そうか。この森の竜もだいぶ減ってしまったから、珍しかろうて。それにしても、新鮮な驚き方をしてくれて嬉しいのお。やはり、竜族たるものおそれられてなんぼじゃからの」

「我なんて、初めて変化の術を見せた時はリルを失神させたんだぞ」

 横からノワゼアが張り合ってくる。どうやら霊獣的には人間に驚愕されることがステータスのようだ。

「時にお嬢さん、魔法使いの家に住んでいるのなら、お茶を淹れられるのかい?」

「はい。勉強中ですが」

「リルのお茶は美味いぞ。なんかおかしな味がする!」

 謙遜するリルをノワゼアが持ち上げるが、褒め方が微妙だ。
 グラウンは「そうか、そうか」と笑って、体を斜めに傾けた。

「ならば儂にお茶をもらえんかのお。ほら、材料はここに」

「材料?」

 リルは不思議そうに自分に向けられた地竜の甲羅を見上げ、「わっ!」と叫んだ。

「この苔、【安寧の日々】だ! こっちの木は【土竜もぐらの髭の木】だし、この花は【石の沈黙】だよね」

 小山のような甲羅の上によじ登り、茶葉の原料の採取を始めたリルははっと気づいた。


「もしかして、文献に書いてあった『地属性の植物の群生地』って……」


 ……間違いなく、グラウンの背中のことだろう。

「なあ、リル」

 身を屈めてせっせと苔を集めるリルの肩に、体重の軽い子狐が飛び乗ってくる。

「なぁに?」

「そこの細い草は茶に入れないでくれ」

「【閑なる刻】のこと? どうして? ちょっと苦味があって美味しいのに」

「……その苦味が嫌なのだ」

 むうっと口角を下げるノワゼアに、巨大な地竜が大地を揺らす。

「ほっほっほ、ノワゼアは好き嫌いしているから、いつまで経っても子狐のままなんじゃぞ」

「うるせー、くそじじい!」

 慈愛たっぷりにからかう竜に、躊躇なく拗ねる狐。
 二人のやり取りは、まるで本当の祖父と孫のようで……。
 リルの頬は自然に緩んでしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です

渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。 愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。 そんな生活に耐えかねたマーガレットは… 結末は見方によって色々系だと思います。 なろうにも同じものを掲載しています。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

父が転勤中に突如現れた継母子に婚約者も家も王家!?も乗っ取られそうになったので、屋敷ごとさよならすることにしました。どうぞご勝手に。

青の雀
恋愛
何でも欲しがり屋の自称病弱な義妹は、公爵家当主の座も王子様の婚約者も狙う。と似たような話になる予定。ちょっと、違うけど、発想は同じ。 公爵令嬢のジュリアスティは、幼い時から精霊の申し子で、聖女様ではないか?と噂があった令嬢。 父が長期出張中に、なぜか新しい後妻と連れ子の娘が転がり込んできたのだ。 そして、継母と義姉妹はやりたい放題をして、王子様からも婚約破棄されてしまいます。 3人がお出かけした隙に、屋根裏部屋に閉じ込められたジュリアスティは、精霊の手を借り、使用人と屋敷ごと家出を試みます。 長期出張中の父の赴任先に、無事着くと聖女覚醒して、他国の王子様と幸せになるという話ができれば、イイなぁと思って書き始めます。

処理中です...