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64、ノワゼアの友人(1)
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晴れた日。畑仕事が終わった後、リルはよく森を散策するようになった。
まだまだ一般人のリルは森に優遇されていないので近道も教えてもらえないし、獰猛な野生動物に遭遇する危険もあるが、これも魔法使い修行の一環だと思っている。
スイウを誘うとたまに着いてきてくれるが、大抵は一人だ。
「大樹の北東側に地属性の植物の群生地があるって、文献に書いてあったんだよね」
魔法使いの本棚のラインナップを脳内に思い浮かべながら、険しい道を歩いていく。肩から斜めがけにしたバッグの中にはハムサンドイッチとガラス瓶が入っている。このガラス瓶には井戸底の石の欠片を入れているので、いつでも新鮮な水が飲める仕組みだ。
木々を渡るカササギの羽ばたきが聞こえる。高い枝が空を覆い、緑の匂いが濃くなってくる頃、リルはふと前方に黒い毛玉を発見した。
「ノワ君?」
声を掛けると、毛玉は振り返る。
「リルか、何故ここに?」
「ちょっとお散歩」
「……こんな森の深部にまで、一人でか?」
不用心な人間の少女に、子狐姿の彼は呆れた風に真っ赤な瞳を細めた。
「ノワ君は何してるの?」
「じーさんに会いに行くところだ」
「そうなんだ」
じーさんとは、以前話していた『一族の古い友人』のことだろう。碧謐の森には、まだまだリルの知らない住人が大勢いる。
「この近くに棲んでいるの?」
リルの質問に、ノワゼアは尻尾をフリフリ歩きつつ、
「一緒に来るか?」
「え!?」
突然のお誘いに、人間の少女はビクッと身構える。
「身内に紹介って……外堀埋めにかかってる!?」
「阿呆か、ただの顔繋ぎだ。リルもこの森に長く住むつもりなら、知り合いは多い方がいいだろうと我なりに気を回しただけだ」
「ノワ君……」
思いの外、大人な配慮をしてくれる子狐に、リルは感激する。
「ありがとう、ノワ君」
笑顔を向けるリルに、ノワは高い鼻を上げて振り仰ぎ、
「ま、これが結婚の挨拶になっても我は構わないのだが」
「……私は構うんですけど」
やっぱり諦めてはいなかった。
しばらく行くと道が開け、柔らかな草の生えた原っぱに出た。その中心には小山がそびえ立っている。
リルの身長の十倍の高さはあろうという山は真っ黒な岩肌の所々に木や苔を生やしていて、歴史の重さを感じさせる風格だ。ノワゼアは何気なくその山に向かって声をかけた。
「おーい。じーさん、来たぞー!」
リルはてっきり山は大樹のように家になっていて、中から誰かが出てくるのかと思ったのだが。
「おお、ノワゼア。よう来たな」
ゴゴゴ……と苔や泥を落としながら、山が振り返った。
「……!?」
あまりの出来事に、リルは口をぽかんと開けて固まってしまう。
瞬きの度に土煙が上がる。底しれぬ深い黒曜石の瞳をノワゼアに向けてきたのは……。
巨大な亀だった。
まだまだ一般人のリルは森に優遇されていないので近道も教えてもらえないし、獰猛な野生動物に遭遇する危険もあるが、これも魔法使い修行の一環だと思っている。
スイウを誘うとたまに着いてきてくれるが、大抵は一人だ。
「大樹の北東側に地属性の植物の群生地があるって、文献に書いてあったんだよね」
魔法使いの本棚のラインナップを脳内に思い浮かべながら、険しい道を歩いていく。肩から斜めがけにしたバッグの中にはハムサンドイッチとガラス瓶が入っている。このガラス瓶には井戸底の石の欠片を入れているので、いつでも新鮮な水が飲める仕組みだ。
木々を渡るカササギの羽ばたきが聞こえる。高い枝が空を覆い、緑の匂いが濃くなってくる頃、リルはふと前方に黒い毛玉を発見した。
「ノワ君?」
声を掛けると、毛玉は振り返る。
「リルか、何故ここに?」
「ちょっとお散歩」
「……こんな森の深部にまで、一人でか?」
不用心な人間の少女に、子狐姿の彼は呆れた風に真っ赤な瞳を細めた。
「ノワ君は何してるの?」
「じーさんに会いに行くところだ」
「そうなんだ」
じーさんとは、以前話していた『一族の古い友人』のことだろう。碧謐の森には、まだまだリルの知らない住人が大勢いる。
「この近くに棲んでいるの?」
リルの質問に、ノワゼアは尻尾をフリフリ歩きつつ、
「一緒に来るか?」
「え!?」
突然のお誘いに、人間の少女はビクッと身構える。
「身内に紹介って……外堀埋めにかかってる!?」
「阿呆か、ただの顔繋ぎだ。リルもこの森に長く住むつもりなら、知り合いは多い方がいいだろうと我なりに気を回しただけだ」
「ノワ君……」
思いの外、大人な配慮をしてくれる子狐に、リルは感激する。
「ありがとう、ノワ君」
笑顔を向けるリルに、ノワは高い鼻を上げて振り仰ぎ、
「ま、これが結婚の挨拶になっても我は構わないのだが」
「……私は構うんですけど」
やっぱり諦めてはいなかった。
しばらく行くと道が開け、柔らかな草の生えた原っぱに出た。その中心には小山がそびえ立っている。
リルの身長の十倍の高さはあろうという山は真っ黒な岩肌の所々に木や苔を生やしていて、歴史の重さを感じさせる風格だ。ノワゼアは何気なくその山に向かって声をかけた。
「おーい。じーさん、来たぞー!」
リルはてっきり山は大樹のように家になっていて、中から誰かが出てくるのかと思ったのだが。
「おお、ノワゼア。よう来たな」
ゴゴゴ……と苔や泥を落としながら、山が振り返った。
「……!?」
あまりの出来事に、リルは口をぽかんと開けて固まってしまう。
瞬きの度に土煙が上がる。底しれぬ深い黒曜石の瞳をノワゼアに向けてきたのは……。
巨大な亀だった。
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