森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

文字の大きさ
上 下
64 / 140

64、ノワゼアの友人(1)

しおりを挟む
 晴れた日。畑仕事が終わった後、リルはよく森を散策するようになった。
 まだまだ一般人のリルは森に優遇されていないので近道も教えてもらえないし、獰猛な野生動物に遭遇する危険もあるが、これも魔法使い修行の一環だと思っている。
 スイウを誘うとたまに着いてきてくれるが、大抵は一人だ。

「大樹の北東側に地属性の植物の群生地があるって、文献に書いてあったんだよね」

 魔法使いの本棚のラインナップを脳内に思い浮かべながら、険しい道を歩いていく。肩から斜めがけにしたバッグの中にはハムサンドイッチとガラス瓶が入っている。このガラス瓶には井戸底の石の欠片を入れているので、いつでも新鮮な水が飲める仕組みだ。
 木々を渡るカササギの羽ばたきが聞こえる。高い枝が空を覆い、緑の匂いが濃くなってくる頃、リルはふと前方に黒い毛玉を発見した。

「ノワ君?」

 声を掛けると、毛玉は振り返る。

「リルか、何故ここに?」

「ちょっとお散歩」

「……こんな森の深部にまで、一人でか?」

 不用心な人間の少女に、子狐姿の彼は呆れた風に真っ赤な瞳を細めた。

「ノワ君は何してるの?」

「じーさんに会いに行くところだ」

「そうなんだ」

 じーさんとは、以前話していた『一族の古い友人』のことだろう。碧謐の森には、まだまだリルの知らない住人が大勢いる。

「この近くに棲んでいるの?」

 リルの質問に、ノワゼアは尻尾をフリフリ歩きつつ、

「一緒に来るか?」

「え!?」

 突然のお誘いに、人間の少女はビクッと身構える。

「身内に紹介って……外堀埋めにかかってる!?」

「阿呆か、ただの顔繋ぎだ。リルもこの森に長く住むつもりなら、知り合いは多い方がいいだろうと我なりに気を回しただけだ」

「ノワ君……」

 思いの外、大人な配慮をしてくれる子狐に、リルは感激する。

「ありがとう、ノワ君」

 笑顔を向けるリルに、ノワは高い鼻を上げて振り仰ぎ、

「ま、これが結婚の挨拶になっても我は構わないのだが」

「……私は構うんですけど」

 やっぱり諦めてはいなかった。
 しばらく行くと道が開け、柔らかな草の生えた原っぱに出た。その中心には小山がそびえ立っている。
 リルの身長の十倍の高さはあろうという山は真っ黒な岩肌の所々に木や苔を生やしていて、歴史の重さを感じさせる風格だ。ノワゼアは何気なくその山に向かって声をかけた。

「おーい。じーさん、来たぞー!」

 リルはてっきり山は大樹のように家になっていて、中から誰かが出てくるのかと思ったのだが。

「おお、ノワゼア。よう来たな」

 ゴゴゴ……と苔や泥を落としながら、山が振り返った。

「……!?」

 あまりの出来事に、リルは口をぽかんと開けて固まってしまう。
 瞬きの度に土煙が上がる。底しれぬ深い黒曜石の瞳をノワゼアに向けてきたのは……。
 巨大な亀だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です

渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。 愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。 そんな生活に耐えかねたマーガレットは… 結末は見方によって色々系だと思います。 なろうにも同じものを掲載しています。

処理中です...