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61、ヤマモモを収穫しよう(2)
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藪を掻き分け、苔に足を滑らせながらも道なき悪路を進む。
直線距離なら近いはずなのに、木々の入り組んだ森の中にはまっすぐに通れる場所なんかない。見えてはいるのに届かないもどかさを抱えつつ、リルがようやくヤマモモの木にたどり着いたのは、大樹を出発して小一時間経った頃だった。
「やっと、お宝にありつける」
苦労した分、感激もひとしおだ。リルは鈴なりの赤い実を見上げ深呼吸した。
「よし、採るぞ!」
自分に気合を入れて、勇んで木の下まで行くが――
「……どうやって収穫しよう」
――すぐに計画性のなさが露呈した。
ヤマモモの木は思いの外高く、幹にはリルが登れるような低い位置に手がかり足がかりになる枝はない。熟れて落ちた実を拾ってもいいが、地面は膝丈ほどの長い雑草に覆われていて、傷のない実を選り分けて探すのも困難だ。
「戻って梯子を取ってこようか? でも、重い梯子を持ってこの道を往復するのはなぁ……」
かと言って、目の前のごちそうを諦める気もない。
「頑張れば登れるかな?」
リルがヤマモモの木の周りを徘徊しながら考えていると、
「ねえ、何してるの?」
不意に声をかけられた。驚いて振り返ると、背後には……誰もいない。
「あれ?」
キョロキョロと首を巡らすリルに、「ここだよ、ここ」とまた声がする。声の方向を目で辿ると、ヤマモモの木の向かい側、楓の木の高い枝に誰かが座っているのが見えた。
逆光に手を翳し目を凝らすと、それが若い男性だということが判った。
外見年齢はスイウと同じ二十代前半だが、この森ではスイウと同様見た目は当てにならない。それに……人の形をしていても、人間ですらないことの方が多いのだ。
リルは短い経験からでも雰囲気でこの青年が自分と同じではないことに気づいていた。そしてそれは、彼も同じだった。
「君、ただの人間だよね。なんでこんなところにいるの?」
陽気な声で歌うように尋ねる。声質は軽いのに、リルは何故か深い重圧を感じた。
「私は魔法使いの大樹の家でお世話になっている、リルと申します。あなたは?」
聞き返すと、木の上の青年は涼やかに微笑んだ。
「俺の名はレオンソード。君、魔法使いの弟子なの?」
堀の深い彫像のような整った顔立ち。長めの豪奢な金の巻き髪は、尊大な彼の態度によく似合っている。
「多分、一応……弟子、なのかな?」
自信なさげなリルの返事に、レオンソードは「なにそれ」とケラケラ笑う。
「今の魔法使いって、誰? ディセイラちゃん?」
聞き覚えのない名前に、リルは首を傾げる。
「いえ、スイウさんです」
「スイウ? 知らないなぁ」
レオンソードも顎に手を当てて首を捻る。さらりと揺れた前髪が乱れ、彼の秀でた額が顕になる。その右半面には……抉れたような大きな傷があった。
彼は「ま、いいや」と呟くと、枝の上で足をプラプラ揺らしながら、身を乗り出した。
「それで、リルちゃんは何をしてるのかな?」
直線距離なら近いはずなのに、木々の入り組んだ森の中にはまっすぐに通れる場所なんかない。見えてはいるのに届かないもどかさを抱えつつ、リルがようやくヤマモモの木にたどり着いたのは、大樹を出発して小一時間経った頃だった。
「やっと、お宝にありつける」
苦労した分、感激もひとしおだ。リルは鈴なりの赤い実を見上げ深呼吸した。
「よし、採るぞ!」
自分に気合を入れて、勇んで木の下まで行くが――
「……どうやって収穫しよう」
――すぐに計画性のなさが露呈した。
ヤマモモの木は思いの外高く、幹にはリルが登れるような低い位置に手がかり足がかりになる枝はない。熟れて落ちた実を拾ってもいいが、地面は膝丈ほどの長い雑草に覆われていて、傷のない実を選り分けて探すのも困難だ。
「戻って梯子を取ってこようか? でも、重い梯子を持ってこの道を往復するのはなぁ……」
かと言って、目の前のごちそうを諦める気もない。
「頑張れば登れるかな?」
リルがヤマモモの木の周りを徘徊しながら考えていると、
「ねえ、何してるの?」
不意に声をかけられた。驚いて振り返ると、背後には……誰もいない。
「あれ?」
キョロキョロと首を巡らすリルに、「ここだよ、ここ」とまた声がする。声の方向を目で辿ると、ヤマモモの木の向かい側、楓の木の高い枝に誰かが座っているのが見えた。
逆光に手を翳し目を凝らすと、それが若い男性だということが判った。
外見年齢はスイウと同じ二十代前半だが、この森ではスイウと同様見た目は当てにならない。それに……人の形をしていても、人間ですらないことの方が多いのだ。
リルは短い経験からでも雰囲気でこの青年が自分と同じではないことに気づいていた。そしてそれは、彼も同じだった。
「君、ただの人間だよね。なんでこんなところにいるの?」
陽気な声で歌うように尋ねる。声質は軽いのに、リルは何故か深い重圧を感じた。
「私は魔法使いの大樹の家でお世話になっている、リルと申します。あなたは?」
聞き返すと、木の上の青年は涼やかに微笑んだ。
「俺の名はレオンソード。君、魔法使いの弟子なの?」
堀の深い彫像のような整った顔立ち。長めの豪奢な金の巻き髪は、尊大な彼の態度によく似合っている。
「多分、一応……弟子、なのかな?」
自信なさげなリルの返事に、レオンソードは「なにそれ」とケラケラ笑う。
「今の魔法使いって、誰? ディセイラちゃん?」
聞き覚えのない名前に、リルは首を傾げる。
「いえ、スイウさんです」
「スイウ? 知らないなぁ」
レオンソードも顎に手を当てて首を捻る。さらりと揺れた前髪が乱れ、彼の秀でた額が顕になる。その右半面には……抉れたような大きな傷があった。
彼は「ま、いいや」と呟くと、枝の上で足をプラプラ揺らしながら、身を乗り出した。
「それで、リルちゃんは何をしてるのかな?」
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