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57、クレーネとルビータ(1)

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 新芽がニョキニョキ伸びてきたら、いよいよ植え替えの時期だ。
 リルは柳の鉢とスコップを持って、鼻歌交じりに泉への道を行く。荷物が多く両手が塞がって歩きにくいが、質量変化魔法が使えないので自力で運ぶしかない。

「多次元ナントカ理論を使ってローブの袖の中に亜空間を構築して物質を凝縮させるって、爪の先ほども意味が解んないんだけど」

 説明を受けたところで、ちんぷんかんぷんだった。魔法を使うには、強い意思だけでなく論理的な思考も必要になるようだ。リルが魔法使いになるまでには、覚えることが山程ある。
 とりあえずまだまだ『一般人』のリルは、森に優遇されることもなく三十分掛けて泉に到着した。
 藪を抜けると、鏡のように光る水辺が見えてくる。

「クレーネさーん! ……あれ?」

 リルは泉に呼びかけてから、ふと気づく。
 泉の畔では、水色髪の女性とオレンジがかった赤髪の女性が談笑していた。

「ルビータさん!」

 名前を口にすると、二人の精霊は振り返った。

「リル、いらっしゃい」

「奇遇ね」

「こんにちは。二人は知り合いだったんですか?」

 駆け寄るリルにクレーネは涼やかに笑う。

「ええ、そうよ。わたくし達はこの森に生まれて長いから」

「まだになってない頃から知っている」

 ……想像もできないほど永い友達だ。ルビータが以前言っていた「水の噂」の正体はクレーネだったのだ。

「今日はどんな御用? その手に持っているのは、まさか……」

 期待に瞳を輝かす水の精霊に、リルは鉢を掲げた。

「そうです、あの時の柳です。丈夫に育ったので、植え替えようと思っ」

「きゃー!!」

 リルの言葉に食い気味にクレーネの歓声が重なる。

「あの方が戻ってきたのね! ああ、なんて可愛らしい。枝ぶりも昔の彼の面影があるわ」

 ここまで喜んでもらえると、頑張った甲斐があってリルも嬉しい。

「親木が立っていた近くに植えましょう。また、長く伸びた枝が水面を掠めるように」

「ええ、お願い」

 二人の精霊に見守られながら、リルはスコップで土を掘っていく。背後には柳の倒木が見える。すっかり朽ちて苔むした親木は、森の新たな命の苗床となる。
 掘った穴に柳の苗を植え、土を被せる。

「大きく強く育ってね」

 クレーネが慈しむように、手のひらから溢れ出す清水を苗の根元に注ぎ込む。

「それじゃあ、あたしからは火伏ひぶせの祝福を」

 ルビータがふっと息を吹きかけると、苗はほわりと温かな光に包まれた。

「ありがとう、ルビータ」

「クレーネのためだもの」

 二人の系統の違う美女が微笑み合う様はあまりにも神々しくて、リルは眩しさに目を細める。このまま美術館に飾ってしまいたいほどの絵面だ。

「さて、クレーネの恋人も帰って来たことだし。お祝いに乾杯しましょう。リル、お茶を淹れてよ」

 ルビータに目を向けられ、リルはびっくり仰天だ。

「今、ここで? なんの準備もしてないのに!」

「あら、リルならできるわよね? わたくしもリルのお茶、飲んでみたいわ」

 クレーネにまで無邪気に無茶振りされて、ますます狼狽えてしまう。

「そんなこと言われても、カップもポットもないのに……」

 かろうじてあるものといえば、自生している想織茶の原料と水だけ。リルは頭をフル回転させて……。

(これならできるかな?)

 一つの方法を思いついた。
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