森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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53、シルウァの街へ(4)

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 オレンジの太陽が西に傾き、夕暮れが近づいてくる。
 街の中央広場の一番高い建物、『刻告ときつげの鐘』の下で、スイウは独り佇んでいた。
 帰宅や買い物で人通りの多い時間帯だが、行き交う人々はスイウに見向きもしない。風に靡く銀糸の髪も、スラリとした痩身を包む深緑のローブも。都会には似合わない前時代的な出で立ちの彼の存在を、誰も認識できないのだ。
 自分が人と違うのは、今に始まったことではない。
 望んで存在を消しているのだから、無視されたところで痛痒も感じない。
 ゴーン、ゴォーン……。
 鐘が鳴り出すと、鐘楼にとまっていた鳩が一斉に飛び立つ。
 スイウは安堵とも落胆ともつかぬため息を小さく吐き出すと、足早な雑踏の中に紛れ――

「待ってください!」

 ――る前に、腕を取られた。

「まだ鐘は鳴ってますよ。置いてくなんて酷いじゃないですか」

 頬を膨らませて憤慨しているのは、大荷物を抱えたリルだ。臙脂色のエプロンドレスや、赤毛を結んだ白いリボンは街によく馴染んでいて、他人に姿の見えないスイウよりも自然に背景に溶け込んでいる。
 魔法使いは黄昏色の瞳を少しだけ見開いて、

「……戻って来たのか」

「来るに決まってるでしょ」

 少女は当然! とふんぞり返る。

「色々買ってたら重くなっちゃいました。運ぶの手伝ってもらえません?」

 へらりと眉尻を下げるリルの腕にはいくつもの手提げ袋がぶら下がっている。足元には一抱えもある小麦粉の麻袋まで。

「随分と荷物が多いな」

「だって、大樹に私の持ち物はトランク一個分しかなかったんですよ。もっと自分の物を増やして、快適な私の部屋を作らなきゃ」

 呆れるスイウに、リルは開き直る。

「あと、小麦粉。これ重要。森のお客様は主菜の食材は持ってきてくれるけど、主食は持ってきてくれないんだもん」

 碧謐の森に麦は自生していない。パンが食べたければ、街で買うか原料を仕入れておかなければならないのだ。

「それと、数種類の野菜の種も買いました。大樹は家の周りを開墾しても怒りませんかね?」

 心配そうに見上げてくる少女に、魔法使いは堪らず笑みを零した。

「どうだろう。根を傷つけなければ、土を掘り返しても平気ではないかな」

 クスクス笑いながら、スイウは小麦粉の袋を拾い上げた。
 ――なんてことはない。リルは最初から、街に戻る気なんてなかったんだ。
 スイウはほっと肩の力を抜いて……ほっとした自分に、何故か酷く驚いた。
 しかし、そんな動揺をおくびにも出さず、飄々と体を起こすとローブの袂に麻袋を入れた。

「……その服、どうなってるんですか?」

 明らかに容量オーバーの荷物を次々とローブに仕舞っていくスイウにリルは怪訝な目を向ける。

「質量変化魔法の応用だ。帰ってから教えよう」

 二人は並んで街の外へと歩き出す。行きよりも帰りの方が断然荷物が増えたはずなのに……。
 足取りは行きよりも軽かった。
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