52 / 140
52、シルウァの街へ(3)
しおりを挟む
リルが近づくと、スイウは踵を返して歩き出したので、並んでついていく。
「マリッサ店長、スイウさんのこと知りませんでしたよ」
「だろうな」
リルの報告に、事もなげに返す。
「街では目眩ましを掛けているから、大抵の人間は私を認識できない。見えない時もあるし、何度見ても別人にしか見えない時もある」
その魔法については説明を受けたことがあるが……。
「私は、知ってましたよ」
リルは釈然としない気持ちで零す。
「毎週花曜日にスイウさんが来てるって。どうして、店長には判らなくて、私には判るんですか?」
今だってスイウは銀髪にローブの『おとぎ話の魔法使いルック』なのに、道行く人は誰も気に留めていない。一体、何が違うのだろう。
「……君が、私を個体識別していることにはすぐ気づいた」
スイウはぽつりぽつりと話し出す。
「君は他人より魔力に鋭敏なのだろう。そういう人間は、想織茶に惹かれやすい」
そこまで言われて、リルは「ん?」と心に引っ掛かりを覚えた。
「想織茶に惹かれやすいって……もしかして、街にお茶を卸している理由って、魔法使いの目眩ましに気づく人間を探すためですか?私みたいに!」
口の端だけで笑う魔法使いの表情を肯定と捉える。
「どうしてそんな――」
――言いかけたリルは、その疑問の答えを既に知っていた。
スイウはリルに想織茶の茶葉の管理と補充の仕事を与えた。そして訪問客のもてなしも。
想織茶は精霊を懐柔し、魔法を行使する力を借りるための手段。
リルは請われるままに森の住人にお茶を提供し、見返りを手にした。
……と、いうことは……。
「スイウさんは、私を魔法使いにしようとしてるんですか?」
核心を突く質問に、魔法使いは長い睫毛を伏せた。
「強要するつもりはない。君に魔法の才があることは判っていたから、暫く様子をみてから私の正体を明かし、時間を掛けて選んでもらおうと思っていた。だが……」
沈痛なため息を吐き出す。
「君が目の前で借金取りに連れて行かれる事態に、予定が狂った」
「あー! その節は大変ご迷惑をおかけいたしましたっ!!」
いきなり古傷に塩を塗られ、リルは絶叫する。確かにあの時は、考える猶予などなかった。
「魔法使いになれば、人と生きる時間が変わる。これまで培ってきた常識が崩れる経験をすることになる。だから……」
言葉を切って立ち止まったスイウは、ローブの袂から小さな革袋を取り出し、リルに渡した。口紐を開くと、そこには数ヶ月暮らせるほどの金貨が。
「スイウさん、これは……?」
見上げるリルに、薄く微笑む。
「買い物がしたいと言っていただろう? 好きに使っていい。私も街を見て回るから、夕刻の鐘が鳴る頃、この場所で待ち合わせしよう。遅れたら待たない」
――それは、もう一度リルに与えられた選択。
街に残るか。
森へ行くか。
「……わかりました」
リルは大きく頷いて、雑踏へと足を踏み出した。
「マリッサ店長、スイウさんのこと知りませんでしたよ」
「だろうな」
リルの報告に、事もなげに返す。
「街では目眩ましを掛けているから、大抵の人間は私を認識できない。見えない時もあるし、何度見ても別人にしか見えない時もある」
その魔法については説明を受けたことがあるが……。
「私は、知ってましたよ」
リルは釈然としない気持ちで零す。
「毎週花曜日にスイウさんが来てるって。どうして、店長には判らなくて、私には判るんですか?」
今だってスイウは銀髪にローブの『おとぎ話の魔法使いルック』なのに、道行く人は誰も気に留めていない。一体、何が違うのだろう。
「……君が、私を個体識別していることにはすぐ気づいた」
スイウはぽつりぽつりと話し出す。
「君は他人より魔力に鋭敏なのだろう。そういう人間は、想織茶に惹かれやすい」
そこまで言われて、リルは「ん?」と心に引っ掛かりを覚えた。
「想織茶に惹かれやすいって……もしかして、街にお茶を卸している理由って、魔法使いの目眩ましに気づく人間を探すためですか?私みたいに!」
口の端だけで笑う魔法使いの表情を肯定と捉える。
「どうしてそんな――」
――言いかけたリルは、その疑問の答えを既に知っていた。
スイウはリルに想織茶の茶葉の管理と補充の仕事を与えた。そして訪問客のもてなしも。
想織茶は精霊を懐柔し、魔法を行使する力を借りるための手段。
リルは請われるままに森の住人にお茶を提供し、見返りを手にした。
……と、いうことは……。
「スイウさんは、私を魔法使いにしようとしてるんですか?」
核心を突く質問に、魔法使いは長い睫毛を伏せた。
「強要するつもりはない。君に魔法の才があることは判っていたから、暫く様子をみてから私の正体を明かし、時間を掛けて選んでもらおうと思っていた。だが……」
沈痛なため息を吐き出す。
「君が目の前で借金取りに連れて行かれる事態に、予定が狂った」
「あー! その節は大変ご迷惑をおかけいたしましたっ!!」
いきなり古傷に塩を塗られ、リルは絶叫する。確かにあの時は、考える猶予などなかった。
「魔法使いになれば、人と生きる時間が変わる。これまで培ってきた常識が崩れる経験をすることになる。だから……」
言葉を切って立ち止まったスイウは、ローブの袂から小さな革袋を取り出し、リルに渡した。口紐を開くと、そこには数ヶ月暮らせるほどの金貨が。
「スイウさん、これは……?」
見上げるリルに、薄く微笑む。
「買い物がしたいと言っていただろう? 好きに使っていい。私も街を見て回るから、夕刻の鐘が鳴る頃、この場所で待ち合わせしよう。遅れたら待たない」
――それは、もう一度リルに与えられた選択。
街に残るか。
森へ行くか。
「……わかりました」
リルは大きく頷いて、雑踏へと足を踏み出した。
36
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です
渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。
愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。
そんな生活に耐えかねたマーガレットは…
結末は見方によって色々系だと思います。
なろうにも同じものを掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
侍女から第2夫人、そして……
しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。
翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。
ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。
一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。
正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。
セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完
瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。
夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。
*五話でさくっと読めます。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる