森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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52、シルウァの街へ(3)

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 リルが近づくと、スイウは踵を返して歩き出したので、並んでついていく。

「マリッサ店長、スイウさんのこと知りませんでしたよ」

「だろうな」

 リルの報告に、事もなげに返す。

「街では目眩ましを掛けているから、大抵の人間は私を認識できない。見えない時もあるし、何度見ても別人にしか見えない時もある」

 その魔法については説明を受けたことがあるが……。

「私は、知ってましたよ」

 リルは釈然としない気持ちで零す。

「毎週花曜日にスイウさんが来てるって。どうして、店長には判らなくて、私には判るんですか?」

 今だってスイウは銀髪にローブの『おとぎ話の魔法使いルック』なのに、道行く人は誰も気に留めていない。一体、何が違うのだろう。

「……君が、私を個体識別していることにはすぐ気づいた」

 スイウはぽつりぽつりと話し出す。

「君は他人ひとより魔力に鋭敏なのだろう。そういう人間は、想織茶に惹かれやすい」

 そこまで言われて、リルは「ん?」と心に引っ掛かりを覚えた。

「想織茶に惹かれやすいって……もしかして、街にお茶を卸している理由って、魔法使いスイウさんの目眩ましに気づく人間を探すためですか?!」

 口の端だけで笑う魔法使いの表情を肯定と捉える。

「どうしてそんな――」

 ――言いかけたリルは、その疑問の答えを既に知っていた。
 スイウはリルに想織茶の茶葉の管理と補充の仕事を与えた。そして訪問客のもてなしも。
 想織茶は精霊を懐柔し、魔法を行使する力を借りるための手段。
 リルは請われるままに森の住人にお茶を提供し、見返り魔法を手にした。
 ……と、いうことは……。

「スイウさんは、私を魔法使いにしようとしてるんですか?」

 核心を突く質問に、魔法使いは長い睫毛を伏せた。

「強要するつもりはない。君に魔法の才があることは判っていたから、暫く様子をみてから私の正体を明かし、時間を掛けて選んでもらおうと思っていた。だが……」

 沈痛なため息を吐き出す。

「君が目の前で借金取りに連れて行かれる事態に、予定が狂った」

「あー! その節は大変ご迷惑をおかけいたしましたっ!!」

 いきなり古傷に塩を塗られ、リルは絶叫する。確かにあの時は、考える猶予などなかった。

「魔法使いになれば、人と生きる時間が変わる。これまで培ってきた常識が崩れる経験をすることになる。だから……」

 言葉を切って立ち止まったスイウは、ローブの袂から小さな革袋を取り出し、リルに渡した。口紐を開くと、そこには数ヶ月暮らせるほどの金貨が。

「スイウさん、これは……?」

 見上げるリルに、薄く微笑む。

「買い物がしたいと言っていただろう? 好きに使っていい。私も街を見て回るから、夕刻の鐘が鳴る頃、この場所で待ち合わせしよう。遅れたら待たない」

 ――それは、もう一度リルに与えられた選択。

 街に残るか。
 森へ行くか。

「……わかりました」

 リルは大きく頷いて、雑踏へと足を踏み出した。
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