森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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51、シルウァの街へ(2)

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 大通りから路地に入って角を二つ曲がると、見慣れた看板が見えてくる。はやる気持ちを抑えきれず、リルはスイウを置いて駆け出した。

「こんにちは!」

 カランッとベルを鳴らしてドアを開けると、カウンターの中で座っていた老婦人が「おやまあ!」と目を見開いて立ち上がる。

「リルちゃんじゃないかい。心配してたんだよ」

「連絡できなくてごめんなさい、マリッサ店長。私は元気ですよ」

 店主と元従業員は手を取り合って再会を喜ぶ。
 丸太造りの建物に観葉植物の多い明るい店内。シルウァ街唯一の想織茶専門店アトリ亭は、どこを見回してもリルが去った日のままで、胸がいっぱいになる。

「あの日、借金取りと揉めて他の人に連れて行かれていたようだけど、今までどうしていたんだい?」

 マリッサは窓から見ていただけで、詳しいやり取りは知らない。

「実は、スイウさんに借用書を買い取ってもらって、今は彼の家で……」

 説明するリルに、マリッサは「はて?」と首を傾げる。

「スイウサンとは、誰のことだい?」

「え?」

 今度はリルが首を傾げる番。

「スイウさんですよ。花曜日に来る常連さんの」

「花曜日?」

 どうも話が噛み合わない。

「私、スイウさんと一緒に来たんです。茶葉を……」

 リルは振り返るが、店内には話題の彼の姿はない。てっきり、リルに続いて入店していると思ったのに。

「茶葉を?」

 リルの言葉尻を捉えてマリッサも目を上げると、カウンターに置いてあるバスケットに気がついた。

「おや、届いていたんだねぇ」

 マリッサはホクホク顔でバスケットを覗き込む。そこにはリルが作った茶葉の瓶が五個入っていた。

「茶葉の在庫が少なくなると、いつの間にか送られてくるのよ。代金は籠に入れておくと勝手になくなるから、誰が届けてくれてるんだか見たこともないのだけれど」

 ケラケラ陽気に笑う老婦人に、リルは愕然とする。

「だ……誰が届けてるのか知らなかったんですか?」

「知らないよ。あたしゃ祖父からこの店を継いだんだけど、その頃からそうだったよ」

「だって、私が以前まえに仕入先を尋ねた時、マリッサ店長は『秘密だよ』って言ってたから……」

「知らないんだから、答えようがないじゃないかい」

 おおらかすぎる回答に、頭がクラクラする。
 ――想織茶専門店の店主が、魔法使い生産者を知らないだなんて……。

(狐につままれたような、ってこんな気分かしら?)

 リルはノワゼアに頬を引っ張られる想像をする。……ちょっと可愛い。

「マリッサ店長。私、帰りますね」

「あら、ゆっくりしてってよ。今日はお客さんも少ないし。お茶を淹れるから、もっとお話しましょう」

 引き留める気の良いマリッサに曖昧に笑って会釈する。

「ありがとうございます。でも、もう行かなきゃ。マリッサ店長、お元気で。また来ますね」

「ええ。リルちゃんも体に気をつけて」

 手を振って、店を出る。
 閉まるドアを背に一つため息をついてから顔を上げると、路地の片隅に長い銀髪の魔法使いが立っているのが見えた。
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