森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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49、茶葉を作ろう(6)

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「懐柔……ですか?」

 聞き返すリルの頭の上で、スイウがこくりと頷く。

「精霊は日々、無意識のうちに思念の粒子を取り込み、存在を維持している。しかし、もっと効率的な方法があったら?」

 スイウは歌うように続ける。

「我ら魔法使いの祖は精霊と交感していくうちに、思念の粒子の存在に気づいた。そして、その粒子が形成した植物の存在にも。だから、その植物を飲料として与えることで、見返りに精霊の力を使う権利、即ち『魔法』を手に入れた」

「……想織茶は、取引材料ってことですか?」

 身も蓋もないことをいうリルに、

「そうだが、それだけでもない」

 スイウは苦笑する。

「森に棲む者として、住人同士で交流があると何かと暮らしやすい。だから親睦を深める目的で振る舞うことの方が多い。魔法使いの作るお茶は、その辺を漂う単一な要素の粒子と違い、様々な要素を加えた自然発生することのない逸品だ。だから住人達は魔法使いの家うちに訪ねてくる」

 ご近所さんと仲良くするためにお茶会を開くなんて、人間も精霊もあまり変わらないな、とリルは和んでしまう。

「いくつもの素材思念を組み合わせ、一つのお茶作品を完成させる。その工程は、まるで色とりどりの糸で織る布のように」

「……だから、『想織茶』なんですね」

 リルは納得する。思念想いを織るなんて、ちょっと格好つけすぎな名前だが。

「森のお茶は精霊達のための物だということは解りましたが。じゃあ、街のお茶の用途は?」

 もう一度尋ねるリルに、

「その話は……」

 スイウは躊躇うように言葉を切って、

「この茶葉を片付けてからにしよう」

「へ?」

 リルはきょとんと下を向く。テーブルの上には、凍結乾燥よりも固く不透明に結晶化した月の映る水面草の茶葉が。話に夢中になっているうちに完成していたらしい。

「全然、魔法使ってる感覚なかったのに」

「対話で精神同調がとれて魔力の同化がしやすかったのだろう」

 また小難しいことを言われているが、とりあえず火魔法を上手く使いこなせたようだ。
 ほっと息をついたリルは……はっと気づく。
 まだスイウに背中から手を重ねられている状態ではないか!

「あの、わたっ、いまっ……あ!」

 リルは咄嗟に体を離そうとして、足を滑らせた。

「っと」

 ガクリと崩れ落ちそうになるリルの体を、脇から手を入れたスイウの腕が支える。

「大丈夫か?」

 今度こそ、正真正銘抱きしめられながら耳元で訊かれ、リルの顔は林檎より真っ赤になる。

「火魔法の熱が籠もったか? 顔が熱い」

 背後から覗き込むように、こつんと額を合わせられて……。

「うにゃああああああ!!」

 リルはスイウを突き飛ばして、猛ダッシュで自室に駆け込んだ。
 ……どうやら少女には刺激が強すぎたらしい。
 自分が大罪を犯したことに気づきもしない鈍い魔法使いは、不思議そうに首を捻る。

「どうしたのだろう?」

 見上げて尋ねる魔法使いに、大樹は呆れた風に梢を揺らした。
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