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45、茶葉を作ろう(2)
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「月の映る水面草は根元から茎を折る。地面に根が残っていれば、また生えてくる」
「はい」
せっせと植物採集するリルを眺めるスイウに、クレーネがさざなみのように近づいてきた。
「リルはとてもいい子ね」
「……ああ」
街の少女の背中から目を離さず僅かに頷く魔法使いに微笑んでから、水の精霊は憂いげに目を細める。
「黒翁がもう長くないらしいわ」
冴えた囁きに、スイウは表情を変えない。
「楔が二つも欠けたら、森の調和は乱れるでしょう。その時、魔法使いはどうするのかしら?」
「森のことはなるようになる。今も、これからも」
スイウの達観した答えに、クレーネはまた微笑んだ。
「スイウさーん、ここら辺の水面草、あらかた採り終えましたよー!」
麻袋を振り回して戻って来るリルに、魔法使いは新たな指示を出す。
「では次は儚凪草だ。儚凪草は脆く崩れやすい。水の中で摘んで、水ごとバケツに移す」
「え! ずっと水に手を入れたままですか!?」
刺すように冷たい水温を思い出し身震いするリルに、クレーネはクスクス笑う。
「大丈夫よ、リル」
精霊はゼリーの感触の手で、人間の少女の手を包む。
「水はあなたの友達。わたくしが手伝うから、水を動かしてみて」
「水を動かす?」
「そうよ」
たおやかに微笑むクレーネの手の冷たさが、リルの体温と同化していく。
「わたくしと心を重ねて。リルが水になるの」
クレーネの雨音のような声はリルの脳に落ちて波紋を広げる。体が溶けて、水になる。いつの間にか、リルの思考は泉の中を漂っていた。
目の前には半透明の柔らかい草が揺蕩っている。リルはそれを掬って、側にあったバケツに注ぎ込んで……。
「ね、簡単でしょう?」
耳元で囁かれて、はっと目を覚ます。気がつくとリルは人の姿で泉の岸辺に立っていて……足元には、水と儚凪草が詰まったバケツが置いてあった。
「今の、魔法?」
まだゆめうつつなリルが尋ねると、クレーネは「そうよ」と淡い唇を綻ばせる。
「わたくしの力を使って、あなたが形を成した魔法よ」
「そっかぁ……」
なんだか感慨深い。少しずつではあるが、着実に使える魔法が増えてきている気がする。
「スイウさん、私、水の魔法も……」
喜び勇んで振り返ると、さっきまで背後にいたスイウの姿は消えていて……。あせって辺りを見回すと、藪の中に麻袋を下げて歩く銀色の髪が見えた。
「ちょっ、なんで先帰っちゃうんですか! 酷い!」
リルはバケツを手に大急ぎで魔法使いを追いかける。魔法使いと一緒でなければ、近道は使えない。途中、バケツの水を飛び散らせながら振り向いて、
「クレーネさん、ありがとう! また来るから」
「ええ、楽しみにしてるわ」
ブンブンと手を振るリルをクレーネは控えめに片手を挙げて見送った。
それから……。
「わたくしはリルの味方よ」
小さな誓いは、森の静寂に溶けた。
「はい」
せっせと植物採集するリルを眺めるスイウに、クレーネがさざなみのように近づいてきた。
「リルはとてもいい子ね」
「……ああ」
街の少女の背中から目を離さず僅かに頷く魔法使いに微笑んでから、水の精霊は憂いげに目を細める。
「黒翁がもう長くないらしいわ」
冴えた囁きに、スイウは表情を変えない。
「楔が二つも欠けたら、森の調和は乱れるでしょう。その時、魔法使いはどうするのかしら?」
「森のことはなるようになる。今も、これからも」
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「え! ずっと水に手を入れたままですか!?」
刺すように冷たい水温を思い出し身震いするリルに、クレーネはクスクス笑う。
「大丈夫よ、リル」
精霊はゼリーの感触の手で、人間の少女の手を包む。
「水はあなたの友達。わたくしが手伝うから、水を動かしてみて」
「水を動かす?」
「そうよ」
たおやかに微笑むクレーネの手の冷たさが、リルの体温と同化していく。
「わたくしと心を重ねて。リルが水になるの」
クレーネの雨音のような声はリルの脳に落ちて波紋を広げる。体が溶けて、水になる。いつの間にか、リルの思考は泉の中を漂っていた。
目の前には半透明の柔らかい草が揺蕩っている。リルはそれを掬って、側にあったバケツに注ぎ込んで……。
「ね、簡単でしょう?」
耳元で囁かれて、はっと目を覚ます。気がつくとリルは人の姿で泉の岸辺に立っていて……足元には、水と儚凪草が詰まったバケツが置いてあった。
「今の、魔法?」
まだゆめうつつなリルが尋ねると、クレーネは「そうよ」と淡い唇を綻ばせる。
「わたくしの力を使って、あなたが形を成した魔法よ」
「そっかぁ……」
なんだか感慨深い。少しずつではあるが、着実に使える魔法が増えてきている気がする。
「スイウさん、私、水の魔法も……」
喜び勇んで振り返ると、さっきまで背後にいたスイウの姿は消えていて……。あせって辺りを見回すと、藪の中に麻袋を下げて歩く銀色の髪が見えた。
「ちょっ、なんで先帰っちゃうんですか! 酷い!」
リルはバケツを手に大急ぎで魔法使いを追いかける。魔法使いと一緒でなければ、近道は使えない。途中、バケツの水を飛び散らせながら振り向いて、
「クレーネさん、ありがとう! また来るから」
「ええ、楽しみにしてるわ」
ブンブンと手を振るリルをクレーネは控えめに片手を挙げて見送った。
それから……。
「わたくしはリルの味方よ」
小さな誓いは、森の静寂に溶けた。
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