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39、水のこと(11)
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「どういうことですか、スイウさん!」
玄関のドアが閉まるやいなや、リルはスイウに詰め寄った。
「どういうこととは?」
「とぼけないでください、この石のことです」
リルは手のひらの石をスイウの眼前に突きつける。
「水が湧き出す石が瓶の中にあったのに、私が来たら捨てたって、どうしてですか?」
「捨ててはいない。井戸に戻しただけだ」
しれっと返したスイウの答えは、リルの怒りを煽るだけだ。
「どっちでもいいです! 結果的に私は井戸と瓶を何往復もすることになったんですよ? 井戸底の石があれば無駄な労力を使わなくて済んだのに。なんでこんなに便利な道具があるって教えてくれなかったんですか? なんで私に使わせてくれなかったんですか!?」
睨んでくる街の少女に、森の魔法使いは飄々と、
「あれは私の石だったから。その石は君のだから、君が自由にするといい」
「……っ!」
リルの顔が朱に染まる。少女は一瞬声を詰まらせてから、大きく息を吸い込み……、
「スイウさんの意地悪! 陰険! イビリ魔法使いっ!!」
自分の持っているありったけの語彙でスイウを罵倒すると、猛ダッシュで自室へと駆け込んだ。
呆気に取られたスイウがリビングに突っ立ったままでいると、そろりとリルの部屋のドアが開く。中から出てきた少女は魔法使いを見ないようにそっぽを向いて早足でリビングを横断すると、大瓶の蓋を開けて小石を投げ入れた。それからまた、ふくれっ面を横に向けて自室に戻っていく。
全身で「怒ってます!」と叫んでいるような足音を立てて去っていったリルを見送ったスイウは、うつむいて手のひらで顔を隠すように覆って――
「くくっ」
――堪えきれず声に出して笑った。
まったく、街育ちの少女は感情が剥き出しで分かりやすい。
『スイウは意思伝達能力が壊滅的だから心配よ。もっと自分のことを話してくれればいいのに』
不意に、歌うような軽やかな声が耳に蘇る。懐かしい響きに胸が軋み、瞳を閉じてため息をつく。
「……それなりに努力してるつもりなのですがね、師匠」
スイウはもう会うことのない人に、そっと呟いた。
玄関のドアが閉まるやいなや、リルはスイウに詰め寄った。
「どういうこととは?」
「とぼけないでください、この石のことです」
リルは手のひらの石をスイウの眼前に突きつける。
「水が湧き出す石が瓶の中にあったのに、私が来たら捨てたって、どうしてですか?」
「捨ててはいない。井戸に戻しただけだ」
しれっと返したスイウの答えは、リルの怒りを煽るだけだ。
「どっちでもいいです! 結果的に私は井戸と瓶を何往復もすることになったんですよ? 井戸底の石があれば無駄な労力を使わなくて済んだのに。なんでこんなに便利な道具があるって教えてくれなかったんですか? なんで私に使わせてくれなかったんですか!?」
睨んでくる街の少女に、森の魔法使いは飄々と、
「あれは私の石だったから。その石は君のだから、君が自由にするといい」
「……っ!」
リルの顔が朱に染まる。少女は一瞬声を詰まらせてから、大きく息を吸い込み……、
「スイウさんの意地悪! 陰険! イビリ魔法使いっ!!」
自分の持っているありったけの語彙でスイウを罵倒すると、猛ダッシュで自室へと駆け込んだ。
呆気に取られたスイウがリビングに突っ立ったままでいると、そろりとリルの部屋のドアが開く。中から出てきた少女は魔法使いを見ないようにそっぽを向いて早足でリビングを横断すると、大瓶の蓋を開けて小石を投げ入れた。それからまた、ふくれっ面を横に向けて自室に戻っていく。
全身で「怒ってます!」と叫んでいるような足音を立てて去っていったリルを見送ったスイウは、うつむいて手のひらで顔を隠すように覆って――
「くくっ」
――堪えきれず声に出して笑った。
まったく、街育ちの少女は感情が剥き出しで分かりやすい。
『スイウは意思伝達能力が壊滅的だから心配よ。もっと自分のことを話してくれればいいのに』
不意に、歌うような軽やかな声が耳に蘇る。懐かしい響きに胸が軋み、瞳を閉じてため息をつく。
「……それなりに努力してるつもりなのですがね、師匠」
スイウはもう会うことのない人に、そっと呟いた。
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