森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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37、水のこと(9)

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 大樹の家に入ったヒメミナはリビングの椅子に座り、テーブルの柳の鉢植えを眺めている。

「ほう、元気そうではないか」

「持ち帰ってすぐに発根したんです」

 リルの説明に、水の少女は首をすくめて、

「まったく姉にも困ったものじゃ。色恋なんぞにうつつを抜かし、倒木のショックで水脈を全部止めてしまうとは」

 ……そんな事情だったのか。リルはこっそり納得する。

「それは仕方がないよ、クレーネさんは本当につらかったんだし」

 この場にいない姉精霊を擁護してから、ふと、

「全部って、あの泉を水源とする水脈はうちの井戸だけじゃないの?」

「大きいものは五本じゃな。姉妹の中には人の街を流れる川に続く者もいる」

「それって、ポタヌ川のこと!?」

 シルウァ街の主要河川を思い出し、リルは真っ青になる。街の大事な生活用水であり、異国まで繋がる水路だ。
 ……あのまま放っておいたら、大樹うちだけでなく、街まで深刻な水不足に陥るところだったなんて……。
 昨日、泉を見に行って良かったと、リルは心から思った。

「でも、一日でも水が止まっちゃったら、川の流れに影響はなかったのかな?」

「大雨が流れ込んでいたから、誰も気づいてないじゃろ」

「なるほど」

 嵐がなかったら水源は止まらなかったわけだが、嵐のお陰で被害が出なかったとは皮肉な話だ。

「それで、ヒメちゃんはどんなお茶が飲みたいの?」

 リルが本題に入ると、ヒメミナは扇子で口元を隠しながら、

「そうさのぉ、面白いお茶がよい」

「面白い?」

「期待しておるぞ」

 なかなかの難題だ。
 リルはスイウの部屋の閉まっているドアに、「お茶飲みますか?」と声をかけてから、倉庫に向かう。取ってきたのは、五種類の茶葉だ。
 ティーポットを用意して、一匙ずつ分量を確認しながら入れていく。

「そうだ、まだ井戸の水汲んでなかったんだ」

 室内の瓶は空っぽだ。リルが復活した井戸から持ってこようと思った時、

「妾を誰だと思っておる?」

 ヒメミナは意味深に笑うと、何も入っていない水差しの口に人差し指を置いた。途端に指から水が溢れ、水差しを満たしていく。

「すごい! さすが水の精霊」

「そうであろう、そうであろう」

 街の少女の賛辞に、水の少女は鼻高々だ。

「せっかくだから、今日のお茶は水出しにするね」

 水差しの表面が結露するほど冷たい水をティーポットに注いでいると、自室から出てきたスイウもテーブルに着いた。
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