森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

文字の大きさ
上 下
36 / 140

36、水のこと(8)

しおりを挟む
「お~ふぁ~よぉ~~~」

 眩しい木洩れ日に照らされて、リルは伸びとあくびを同時にしながら家に挨拶する。ベッドから下りて着替えると、リビングに向かう。テーブルに置いてある受け皿付きの鉢植えを見つけて、思わずにんまりする。
 リルが発根させた挿し木は、元気そうに葉を広げていた。心なしか幹も伸びている気がする。

「もう少し大きくなったら植え替えてあげるからね」

 葉先をちょんっと指で撫で、リルは水を上げようと大瓶を開けて――

「あぁ……」

 ――絶望に肩を落とす。瓶の中には、柄杓一杯分ほどの水しか残っていなかった。
 昨日、泉に突っ込んだり森を何往復もしてぐちゃぐちゃになった衣類の泥を落としたり、飲食に使ったお陰で、ほとんど使い切ってしまったのだ。
 リルは自分の胸の高さほどもある瓶を傾けて、わずかな水を柄杓で掬い集めた。先に鉢に水をあげて、余りを自分が飲む。この家はいつだって植物ファーストだ。スイウは「なければないでいい」と言っていたが、一応コップ一杯の水はテーブルに残しておいた。

「また泉にいかなくちゃ……」

 ため息と共にボヤく。昨日走り回ったお陰でふくらはぎが筋肉痛だ。しかし、井戸が枯れた理由を解明しなければ、こちらまで干上がってしまう。
 ポニーテールの根元を引き締め、リルは外に出た。

「道は険しいけど、行けばクレーネさんに挿し木が上手くいったって伝えられるしね」

 吉報を運ぶ役目があるのなら、やる気も出てくる。リルは意を決して泉の方角を見つめるが、「その前に」と、大樹の裏手に回った。

「一応、井戸の現状も確認しとこ」

 水が復活していたらありがたい。さして期待せずに、リルはつるべを真っ暗な井戸に放り込んだ。
 カラカラと軽快に滑車が回り、ロープが吸い込まれていく。そして――

 ちゃぷん!

 ――水の跳ねる音に、目を見張った。
 井戸に水がある!

「やったー!」

 リルは大はしゃぎでロープを手繰る。引き上げられる桶には水が溜まったしっかりとした重量感がある。
 これでまた、いつでもお茶が飲める!
 リルは井戸の縁まで引き上げたつるべの桶を両手で支えて……、

「……もうし」

「ぎゃーーー!!」

 不意に桶から響いたか細い声に腰を抜かす。
 井戸から上がった桶の中には大量の髪の毛が詰まっていて、ちゃぷちゃぷと水に揺れていた。

「やれやれ、朝から騒々しいこと」

 リルが「あわわわ、はわわわ」と呻いて尻もちをついたまま後退りする目の前で、髪の毛はゆっくりと桶の中から盛り上がっていく。濡れた髪の隙間からは人の顔が、続いて肩や胴が見えてきた。最後に足が出ると、は桶の縁を跨いで地面に降り立った。
 年の頃は五・六歳か。深海のような藍色の髪と瞳。白く袖の長いドレスに薄衣を重ねた少女は、艶やかな扇子で口元を隠し、三日月のように瞳を細めた。

「そなたがリルかえ?」

 呼ばれたリルは、目を瞬かせる。

「なななんで私の名前を……?」

 歯の根が噛み合わず上手く声の出せないリルに、少女は一歩近づいた。

昨日さくじつは姉が世話になったのぉ」

「……姉?」

 リルは怪訝そうに少女を見つめる。半分透けた肌に、幼いながらも秀麗な顔立ちは……、

「あなた、クレーネさんの妹さん?」

 答えの代わりに少女はニヤリと嗤う。

わらわはこの井戸に棲まう者。名をヒメミナと申す。ヒメと呼ぶが良い」

「ヒメ、ちゃん?」

 未だ地べたに座り込んだままのリルを置いて、ヒメミナは大樹の家へと歩き出す。

「今日は姉の礼に参った。リル、妾は茶が所望じゃ」

「え? あ、はい」

 お礼に来た人が、お茶を要求するの??
 ツッコミどころは満載だが、あえて口には出さず、リルはよろよろと立ち上がって、新しい客人を迎え入れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

貴族の爵位って面倒ね。

しゃーりん
恋愛
ホリーは公爵令嬢だった母と男爵令息だった父との間に生まれた男爵令嬢。 両親はとても仲が良くて弟も可愛くて、とても幸せだった。 だけど、母の運命を変えた学園に入学する歳になって…… 覚悟してたけど、男爵令嬢って私だけじゃないのにどうして? 理不尽な嫌がらせに助けてくれる人もいないの? ホリーが嫌がらせされる原因は母の元婚約者の息子の指示で… 嫌がらせがきっかけで自国の貴族との縁が難しくなったホリーが隣国の貴族と幸せになるお話です。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

処理中です...