森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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36、水のこと(8)

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「お~ふぁ~よぉ~~~」

 眩しい木洩れ日に照らされて、リルは伸びとあくびを同時にしながら家に挨拶する。ベッドから下りて着替えると、リビングに向かう。テーブルに置いてある受け皿付きの鉢植えを見つけて、思わずにんまりする。
 リルが発根させた挿し木は、元気そうに葉を広げていた。心なしか幹も伸びている気がする。

「もう少し大きくなったら植え替えてあげるからね」

 葉先をちょんっと指で撫で、リルは水を上げようと大瓶を開けて――

「あぁ……」

 ――絶望に肩を落とす。瓶の中には、柄杓一杯分ほどの水しか残っていなかった。
 昨日、泉に突っ込んだり森を何往復もしてぐちゃぐちゃになった衣類の泥を落としたり、飲食に使ったお陰で、ほとんど使い切ってしまったのだ。
 リルは自分の胸の高さほどもある瓶を傾けて、わずかな水を柄杓で掬い集めた。先に鉢に水をあげて、余りを自分が飲む。この家はいつだって植物ファーストだ。スイウは「なければないでいい」と言っていたが、一応コップ一杯の水はテーブルに残しておいた。

「また泉にいかなくちゃ……」

 ため息と共にボヤく。昨日走り回ったお陰でふくらはぎが筋肉痛だ。しかし、井戸が枯れた理由を解明しなければ、こちらまで干上がってしまう。
 ポニーテールの根元を引き締め、リルは外に出た。

「道は険しいけど、行けばクレーネさんに挿し木が上手くいったって伝えられるしね」

 吉報を運ぶ役目があるのなら、やる気も出てくる。リルは意を決して泉の方角を見つめるが、「その前に」と、大樹の裏手に回った。

「一応、井戸の現状も確認しとこ」

 水が復活していたらありがたい。さして期待せずに、リルはつるべを真っ暗な井戸に放り込んだ。
 カラカラと軽快に滑車が回り、ロープが吸い込まれていく。そして――

 ちゃぷん!

 ――水の跳ねる音に、目を見張った。
 井戸に水がある!

「やったー!」

 リルは大はしゃぎでロープを手繰る。引き上げられる桶には水が溜まったしっかりとした重量感がある。
 これでまた、いつでもお茶が飲める!
 リルは井戸の縁まで引き上げたつるべの桶を両手で支えて……、

「……もうし」

「ぎゃーーー!!」

 不意に桶から響いたか細い声に腰を抜かす。
 井戸から上がった桶の中には大量の髪の毛が詰まっていて、ちゃぷちゃぷと水に揺れていた。

「やれやれ、朝から騒々しいこと」

 リルが「あわわわ、はわわわ」と呻いて尻もちをついたまま後退りする目の前で、髪の毛はゆっくりと桶の中から盛り上がっていく。濡れた髪の隙間からは人の顔が、続いて肩や胴が見えてきた。最後に足が出ると、は桶の縁を跨いで地面に降り立った。
 年の頃は五・六歳か。深海のような藍色の髪と瞳。白く袖の長いドレスに薄衣を重ねた少女は、艶やかな扇子で口元を隠し、三日月のように瞳を細めた。

「そなたがリルかえ?」

 呼ばれたリルは、目を瞬かせる。

「なななんで私の名前を……?」

 歯の根が噛み合わず上手く声の出せないリルに、少女は一歩近づいた。

昨日さくじつは姉が世話になったのぉ」

「……姉?」

 リルは怪訝そうに少女を見つめる。半分透けた肌に、幼いながらも秀麗な顔立ちは……、

「あなた、クレーネさんの妹さん?」

 答えの代わりに少女はニヤリと嗤う。

わらわはこの井戸に棲まう者。名をヒメミナと申す。ヒメと呼ぶが良い」

「ヒメ、ちゃん?」

 未だ地べたに座り込んだままのリルを置いて、ヒメミナは大樹の家へと歩き出す。

「今日は姉の礼に参った。リル、妾は茶が所望じゃ」

「え? あ、はい」

 お礼に来た人が、お茶を要求するの??
 ツッコミどころは満載だが、あえて口には出さず、リルはよろよろと立ち上がって、新しい客人を迎え入れた。
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