森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

文字の大きさ
上 下
35 / 140

35、リル、霊薬を作る(3)

しおりを挟む
「魔法……、私が使ったんですか? この魔法を?」

 目の前の事象が信じられす、リルが確認すると、

「間違いなく、君の魔法だ」

 スイウはあっさり肯定した。

「君が自分で考え薬を作り、自分で術を施しただろう?」

「術って……私はただ、成功を祈っただけです」

 リルは困惑するばかりだが、

「祈りが奇跡を呼んだなら、それは『呪文』であり『魔法』を行使したということになる」

 スイウは持論を曲げない。

「……ということは、私は魔法使いってことですか?」

 一応、確認すると、

「それを名乗るには早すぎる」

 すぱっと否定された。

「……ですよねー」

 ちょっと調子に乗りすぎたようだ。

「それに、今回は文字通り奇跡を起こす『土壌』があったのも幸運だった」

「土壌?」

 鸚鵡返しするリルに、スイウは挿し穂の埋められた砂を指差す。

「これには柳の再生を一番望む者の想いが込められているだろう?」

「ああ、そっか」

 すんなり納得する。

「挿し木に使うなら綺麗な土が良いと思って持ってきただけだけど……。クレーネさんの想いが詰まってるなら、成功して当たり前だったのか」

 自分だけの手柄じゃなかったと判っても、嫌な気分じゃない。むしろ嬉しい。

「素材選びも良かった。しっかり茶葉の特性を理解していて感心した」

 手放しに褒められて、リルは照れ隠しに「それが私の仕事ですから」と嘯いてみる。

「ちなみに、スイウさんだったらどの材料を使いましたか?」

 訊いてみると、現役魔法使いは迷いなく答える。

「私も清夏糖草を使用しただろう。似たような特性の素材なら火吠花という選択肢もあったが、水に縁のある木なら水属性の清夏糖草の方がより相性が良い。ただ、豪炎竜の鱗は使わないな」

「どうして?」

「経験上、魔法で潜在値を引き上げれば清夏糖草だけで十分な成果を得られると判断したことと、豪炎竜の鱗を使うリスクを回避したかったからだ」

「リスク? 豪炎竜の鱗は二角翼獅子の角以外には禁忌がないって言ってましたよね?」

「言った。だが、飲む者の体調体質にも因るとも言った。竜の鱗は他の素材の効果を高める。例えば健康な挿し穂、あるいは瀕死の挿し穂に、突然溺れるほど過剰な養分を与えたらどうなると思う?」

 リルは自分の口に無理矢理食べ物を流し込まれる光景を思い浮かべて身震いする。健康ならば体調を崩すだろうし、瀕死なら衝撃で力尽きるかもしれない。薬は使い方次第で毒にもなるのだ。

「今回の対象物は偶然にも程よく弱った挿し穂だったので、竜の鱗で増幅された養分を受け留めきれた。つまり、君の判断は正しかったということだ。見事だ」

 もう一度褒められても、もう素直に喜べない。

「ちょっ。だったらあの時、なんで私が竜の鱗を使うの止めてくれなかったんですか? 一歩間違えれば挿し穂がダメになっちゃうとこだったんですよ!?」

 少女の猛抗議に、魔法使いは飄々と、

「成功したのだから不満を持つ必要はない。それに、間違いからしか得られない知識もある」

「そういう博打はやり直しが利く状況でやらせてください! 挿し穂はたった一本だったんですよ? 予備なんかなかったのに!」

「何度やっても失敗する時はする。今は成功を誇ればいい」

「結果論じゃなくて、次善策とか善後策が欲しいんですよ、私は!」

「では、手数を増やせるよう、もっと知識に磨きをかけることだ」

 がなるリルを置いて、スイウは深緑のローブを翻し去っていく。
 独り倉庫に残されたリルは――

「あ゛~っ! あの人、わけわかんない!」

 ――赤髪頭を掻きむしった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です

渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。 愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。 そんな生活に耐えかねたマーガレットは… 結末は見方によって色々系だと思います。 なろうにも同じものを掲載しています。

処理中です...