森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

文字の大きさ
上 下
34 / 140

34、リル、霊薬を作る(2)

しおりを挟む
 逃げようとする。俺はとっさに傘を投げ捨てて、

「待って!」

「!?」

 美咲を抱きしめる。

 卑怯だと言われてもいい。だって俺は赤点なんだ。補習中なんだ。俺に出来ることなんてそうあるわけがない。だけど、自分の気持ちに嘘をつくことだけはしたくない。

「私は虎子のことは好きだし、もし付き合って欲しいって告白されたら嫌な気持ちはしないと思う。だけど、同じくらい美咲も好き。だから、もし虎子から告白されたとしても、それを受けることで美咲が悲しい思いをするなら、受けない。虎子のことだって、私だけで力になり切れるか分からないよ。だって、会ってまだ一か月も経ってないんだよ?虎子のことを一番知ってる美咲の力がやっぱり必要だよ」

 美咲が鼻をすすりながら、

「……で、でも、トラは華ちゃんのことがきっと好きだよ。もし、告白して、振られちゃったら、きっと悲しむよ。私、は、トラにも、華ちゃんにも笑顔でいて欲しい」

 彼女はどんな顔をしているのだろうか。

 泣いているだろうか。

 それとも、ぐっとこらえた、今にも崩れそうな表情だろうか。

 泣くことはせず、ただただ悲し気な表情を見せているだろうか。

 分からない。

 俺に見えるのは彼女の背中だけだ。

 でも、言葉は伝えられる。

「虎子はきっと、美咲のことが誰よりも大切なはずだよ。それは私と比べてもそう。だけど、一歩を踏み出せないだけ。美咲が困ってもいい、自分を頼ってほしいって言ったら、最初は戸惑うかもしれないけど、最終的にはきっと喜んでくれる。それはね、美咲にしか出来ないんだ。大切に思ってるからこそ、迷惑をかけたくない。虎子にとっての一番は美咲なんだよ、私じゃないんだよ」

 虎子は確かに皆のヒーローだ。誰にでも優しいし、人気がある。だけど、それはあくまで博愛だ。平等だ。そして、けして一線を超えることのない関係性だ。

 今、虎子は悩んでいる。美咲にその一線を超えさせていいのかどうか。その判断を迷っている。それを迷うだけの相手が牛島美咲なのだ。虎子の隣に並び立つ資格がないなんてことはありえない。むしろ、隣に並び立たつ資格があるのは美咲以外、いないんだ。

 沈黙。

 俺はその間、ずっと美咲を抱きしめ続ける。雨粒は当たり続け、折角買ってきた傘も役に立っていない。だけど、それでいいんだ。思い描いた通りになんていかなくてもいい。悩みを分かってあげられるように、そして、一緒に悩んであげられるようになれればそれでいいんだ。

「……華ちゃん」

「は、はい」

「トラは、ホントに、華ちゃんよりも好き、なのかな?私が他の子……例えば華ちゃんと付き合ったら、嫉妬、する、かな?」

「それは、もちろんすると思うよ。多分、最初は戸惑うだけかもしれないけど」

「トラは……私のことを……私だけのことを見て欲しいって言ったら……見てくれる、かな?」

「見てくれる……と、いうより、最初から見てると思うよ。虎子がヒーローなら、ヒロインはきっと、美咲だけだよ」

「そっ……か」

 再びの沈黙。

 一体、美咲は何を考えているのだろう。納得してくれたのだろうか。それとも、まだ、虎子は自分の方を向いてくれないと思っているだろうか。分からない。俺に出来ることは結局俺の見解を伝えることだけだ。それ以外のことなんて、

「ね、華ちゃん」

 美咲が俺と距離を取る。目と鼻の先にお互いの顔がある。美咲の表情は、思っていたよりもずっと穏やかだった。

「目、瞑ってくれる?」

「目?またなんで……?」

「いいから。お願い」

「う」

 流石にこの状況でのお願いを断れるほど、俺の心は冷たくない。何を考えているのかがよく分からないけど、今は従おう。

「これで、いい?」

 目を瞑る。視界が急にくらくなるというのは不安なものだ。別に目隠しをされているわけではないから、強制力はないんだけど。

「うん。それで大丈夫」

 美咲の声がする。すぐ近くだ。どうやらもう、逃げたりする気は無いみたいだ。良かった。それなら話を、

「……んっ……」

「……………………?…………!?」

 え、あれ、これって、もしかしなくても、そう、ですよね。

 俺はあまりの衝撃に思わず薄く目を開け、

(やっぱりキスですよね!?)

 キスだった。本日二回目だ。しかも相手は別の女の子。どこかから「この女たらし」という声が聞こえてくるような気がするけど、正直言い返す言葉が見つからない。いや、でも、ほら、今回に限っては、俺からしたわけではなくて、その、

「んっ……あむっ……」

 あ、でも、キスってなんかいいな。こう、お互いを認め合ってるっていうか。すごく、いい。なんか、ずっとこのままがいいなぁ……

 俺の思考回路が無事に使い物にならなくなっているうちに、美咲は俺から離れ、

「華ちゃん。目、瞑っててっていったじゃない」

 文句を言われる。しまった。そのままだった。俺はしどろもどろになりながら、

「いや、でも、その、え、だって、なんで、いまのって、え?」

 日本語を喋れ。思わずセルフツッコミをしてしまったじゃないか。大丈夫か俺の脳。

 仕方ないじゃないか。俺の人生に「一日に二人の女の子とキスをする」なんてイベントは無かったと思うんだよ。うん。あれ、でも、なんでそんなことを覚えてるんだろう。

 完全に役に立たなくなった俺をみて、美咲は「ふふっ」と笑い、

「これで、トラも嫉妬してくれるかな?」

「あ、」

 そうか。

 彼女はなにも俺のことを好きで好きで仕方ないからキスをしたんじゃないんだ。俺とキスをすることで、夕方のお返しをしたんだ。そして、それによって虎子を嫉妬させたいと思ったんだ。なるほど。なかなか悪い。だけど、それくらい仕掛けないときっと虎子は落とせないからこれでいいんじゃないだろうか。

「……あれ?でも、それってキスする必要性は、」

「……っくし!」

 俺の思考は美咲のくしゃみでかき消される。ずっと雨に打たれていたから、びしょ濡れだ。そして、それは俺にも、

「あれ?そんなに濡れてない……?」

 気が付く。

 どうやら、雨はとっくに上がっていたらしい。一体いつ弱まって、いつ上がったのだろうか。全然気が付かなかった。それだけ必死だったのかもしれない。

「あ、虹……」

 美咲が指さす。その先には一筋の綺麗な虹がかかっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です

渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。 愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。 そんな生活に耐えかねたマーガレットは… 結末は見方によって色々系だと思います。 なろうにも同じものを掲載しています。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

処理中です...