森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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28、水のこと(3)

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「昨日の嵐、すごかったね」

 ぬかるみに敷き詰められた真新しい落ち葉を踏みながら、リルが言う。

「うむ。森に雨は付き物だが、今回のはなかなかの規模だったな」

 ノワゼアは前を向いたまま同意する。

「ノワ君は嵐の時はどこにいたの?」

「じーさんに」

「じーさん? ノワ君、お祖父ちゃん家に住んでるの?」

「血縁ではなく、我が一族の古い友人だ。たまに顔を出して昔話に付き合ってやってる」

 霊獣の古い友人は、やはり霊獣なのだろうか。

「どんな人なの?」

「のんびりしたジジイだよ。昔は武闘派で、森と聖域とのいざこざにも絡んだらしい」

「聖域……」

 その単語が、リルの幼い頃の記憶を呼び起こす。

「聖域って、まさか玻璃の神殿があるところ?」

「そうだ」

 あっさり頷くノワゼアに、リルは「本当にあるんだ……」と感嘆のため息をつく。

 ――大地の果てには清浄の都があり、創造の女神の魂を持つ聖者が、この世に悪しき闇が入りこまぬよう護っている。

 それは、有名な神話の一説だ。これもまた森の魔法使いと同様、定番のおとぎ話だが……実在を示唆する関係者がいるとは。

「森と聖域って、何かモメたの?」

「さあ? 我が生まれる前の出来事だから知らん」

 頼りにならない情報だった。リルも碧謐の森と聖域が関係している物語なんて、聞いたことがない。

「じいさんも昔話を盛るクセがあるからな」

 人も人ならざるものも、思い出は美化しがちらしい。

「ちなみに、ノワ君っていくつなの?」

 リルが興味本位で訊いてみると、ノワゼアは黒い耳をパタパタ振って、

「スイウよりは年下だ」

 ……あまり参考にならない答えだった。明らかに幼獣だが、リルより年上かもしれない。

「ところでリル」

 藪と水溜りばかりの獣道を越えたところで、ノワゼアが不思議そうに振り返る。

「いつの間にそんなにボロボロなのだ?」

 指摘されたリルは、緩んで後れ毛の飛び出したポニーテールに小枝や木の葉を絡ませ、ブラウスとハイウエストのスカートはかぎ裂きだらけ、ショートブーツとソックスとスカートの裾は泥でぐちゃぐちゃ、という見るも無惨な格好になっていた。

「……さあ? どうしてだろうね……」

 今度森を散策する時はズボンを履こう。
 街育ちの少女は、そう心に決めた。
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