森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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21、リル、仕事を習う(1)

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 大樹の家、滞在三日目。
 今日からようやく倉庫の茶葉の説明を受けることになった。

倉庫ここには街に卸している四十種類の他に、あと百種類ほど茶葉がある」

 ひんやりとした庫内を、スイウは音もなく進んでいく。

「便宜上『茶葉』と呼んでいるが、想織茶は茶の木が原料ではない茶外茶の分類で、草木以外から作られている物も多い。例えば、これ」

 魔法使いは棚の一番奥にあったガラス瓶を手に取る。瓶底に少量残っている、鮮血のように赤いガラスの欠片のような物質は、

「【炎豪竜の鱗】だ」

「りゅ、竜!?」

 リルは目をまんまるにして、瓶を覗き込む。

「鱗って……比喩じゃなく、本物の竜の鱗ですか?」

「そうだ」

 事も無く頷かれて、リルは絶句する。

「……竜ってほんとにいるんだ……」

 絵本の中だけだと思っていたのに。

「数は少ないが現存している。尤も、炎豪竜種は既にこの森にはいないが」

 宵朱狐ノワゼアといい、この世にはリルの知らない幻想生物がまだまだ存在しているらしい。

「竜の鱗には滋養強壮、不老長寿、疲労回復の効果がある。加えて炎豪竜種は、一種類を除いて合組した他の茶葉の特性を高める効果もある。稀少なのでお茶として飲むより、霊薬の材料に使うことが多い」

「ちなみに、おいくらですか?」

「一匙で君の借金額を超える」

「ひぃっ」

 迂闊に触ってこぼさないようにしよう。リルは固く決心した。

「で、この炎豪竜の鱗の禁忌が、【二角翼獅子の角】」

 右手に赤い欠片の瓶を持ったまま、左手で白い粉末の入った瓶を出す。

「この二つは相性が悪い。混ぜて飲むと死ぬ。抽出液に触れるだけで死ぬ」

「ぎゃあ!」

 リルは全力で後ずさって、二つの瓶から距離を取る。

「危険なので、この二つはなるべく離して保管する」

 瓶を段の違う棚にバラバラに収められて、リルは安堵のため息をつく。

「混ぜると毒になるって……、そんな相性の悪い素材もあるんですね」

「この二つは特別だ。当人同士がすこぶる仲が悪かったらしい」

「……仲?」

「瓶の中の鱗と角は、炎豪竜と二角翼獅子が喧嘩しているところを先々代の魔法使いが仲裁に入った時に、落ちていた物を拾ってきたという」

「……なんですか、その碧謐の森昔話は」

 まんま絵本になりそうな絵面だ。

「ちなみにスイウさんは、そういう怪獣大決戦を止めたことはありますか?」

「いや、私の代はそこそこ平和だ」

「それなら良かったです」

 うっかり竜に踏み潰される人生は避けたい。

「他にも禁忌はありますか?」

「いくつか効能を打ち消す組み合わせや、飲む者の体調体質にっては良からぬ作用が出る茶葉もある。だが、即死するレベルの物はあの二つだけ……」

 言いかけたスイウは、ハッと思い出したように言葉を切って、棚から新たな二つの瓶を持ってくる。

「【石の沈黙】と【闇に埋もれた星】、この二つは混ぜない方がいい」

 暗灰色の二種類の茶葉を突きつけられ、リルはゴクリと喉を鳴らす。

「こ……これにも何かただならぬ逸話があるんですか?」

 スイウは憂いを帯びた顔で伏し目がちに、

「効能的には問題ない。ただ……」

「ただ?」

「吐くほど不味い」

 …………。

「覚えておきます」

 ……ちょっと飲んでみたいかも。そう思ったのは秘密だ。
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