21 / 140
21、リル、仕事を習う(1)
しおりを挟む
大樹の家、滞在三日目。
今日からようやく倉庫の茶葉の説明を受けることになった。
「倉庫には街に卸している四十種類の他に、あと百種類ほど茶葉がある」
ひんやりとした庫内を、スイウは音もなく進んでいく。
「便宜上『茶葉』と呼んでいるが、想織茶は茶の木が原料ではない茶外茶の分類で、草木以外から作られている物も多い。例えば、これ」
魔法使いは棚の一番奥にあったガラス瓶を手に取る。瓶底に少量残っている、鮮血のように赤いガラスの欠片のような物質は、
「【炎豪竜の鱗】だ」
「りゅ、竜!?」
リルは目をまんまるにして、瓶を覗き込む。
「鱗って……比喩じゃなく、本物の竜の鱗ですか?」
「そうだ」
事も無く頷かれて、リルは絶句する。
「……竜ってほんとにいるんだ……」
絵本の中だけだと思っていたのに。
「数は少ないが現存している。尤も、炎豪竜種は既にこの森にはいないが」
宵朱狐といい、この世にはリルの知らない幻想生物がまだまだ存在しているらしい。
「竜の鱗には滋養強壮、不老長寿、疲労回復の効果がある。加えて炎豪竜種は、一種類を除いて合組した他の茶葉の特性を高める効果もある。稀少なのでお茶として飲むより、霊薬の材料に使うことが多い」
「ちなみに、おいくらですか?」
「一匙で君の借金額を超える」
「ひぃっ」
迂闊に触って零さないようにしよう。リルは固く決心した。
「で、この炎豪竜の鱗の禁忌が、【二角翼獅子の角】」
右手に赤い欠片の瓶を持ったまま、左手で白い粉末の入った瓶を出す。
「この二つは相性が悪い。混ぜて飲むと死ぬ。抽出液に触れるだけで死ぬ」
「ぎゃあ!」
リルは全力で後ずさって、二つの瓶から距離を取る。
「危険なので、この二つはなるべく離して保管する」
瓶を段の違う棚にバラバラに収められて、リルは安堵のため息をつく。
「混ぜると毒になるって……、そんな相性の悪い素材もあるんですね」
「この二つは特別だ。当人同士がすこぶる仲が悪かったらしい」
「……仲?」
「瓶の中の鱗と角は、炎豪竜と二角翼獅子が喧嘩しているところを先々代の魔法使いが仲裁に入った時に、落ちていた物を拾ってきたという」
「……なんですか、その碧謐の森昔話は」
まんま絵本になりそうな絵面だ。
「ちなみにスイウさんは、そういう怪獣大決戦を止めたことはありますか?」
「いや、私の代はそこそこ平和だ」
「それなら良かったです」
うっかり竜に踏み潰される人生は避けたい。
「他にも禁忌はありますか?」
「いくつか効能を打ち消す組み合わせや、飲む者の体調体質に因っては良からぬ作用が出る茶葉もある。だが、即死するレベルの物はあの二つだけ……」
言いかけたスイウは、ハッと思い出したように言葉を切って、棚から新たな二つの瓶を持ってくる。
「【石の沈黙】と【闇に埋もれた星】、この二つは混ぜない方がいい」
暗灰色の二種類の茶葉を突きつけられ、リルはゴクリと喉を鳴らす。
「こ……これにも何かただならぬ逸話があるんですか?」
スイウは憂いを帯びた顔で伏し目がちに、
「効能的には問題ない。ただ……」
「ただ?」
「吐くほど不味い」
…………。
「覚えておきます」
……ちょっと飲んでみたいかも。そう思ったのは秘密だ。
今日からようやく倉庫の茶葉の説明を受けることになった。
「倉庫には街に卸している四十種類の他に、あと百種類ほど茶葉がある」
ひんやりとした庫内を、スイウは音もなく進んでいく。
「便宜上『茶葉』と呼んでいるが、想織茶は茶の木が原料ではない茶外茶の分類で、草木以外から作られている物も多い。例えば、これ」
魔法使いは棚の一番奥にあったガラス瓶を手に取る。瓶底に少量残っている、鮮血のように赤いガラスの欠片のような物質は、
「【炎豪竜の鱗】だ」
「りゅ、竜!?」
リルは目をまんまるにして、瓶を覗き込む。
「鱗って……比喩じゃなく、本物の竜の鱗ですか?」
「そうだ」
事も無く頷かれて、リルは絶句する。
「……竜ってほんとにいるんだ……」
絵本の中だけだと思っていたのに。
「数は少ないが現存している。尤も、炎豪竜種は既にこの森にはいないが」
宵朱狐といい、この世にはリルの知らない幻想生物がまだまだ存在しているらしい。
「竜の鱗には滋養強壮、不老長寿、疲労回復の効果がある。加えて炎豪竜種は、一種類を除いて合組した他の茶葉の特性を高める効果もある。稀少なのでお茶として飲むより、霊薬の材料に使うことが多い」
「ちなみに、おいくらですか?」
「一匙で君の借金額を超える」
「ひぃっ」
迂闊に触って零さないようにしよう。リルは固く決心した。
「で、この炎豪竜の鱗の禁忌が、【二角翼獅子の角】」
右手に赤い欠片の瓶を持ったまま、左手で白い粉末の入った瓶を出す。
「この二つは相性が悪い。混ぜて飲むと死ぬ。抽出液に触れるだけで死ぬ」
「ぎゃあ!」
リルは全力で後ずさって、二つの瓶から距離を取る。
「危険なので、この二つはなるべく離して保管する」
瓶を段の違う棚にバラバラに収められて、リルは安堵のため息をつく。
「混ぜると毒になるって……、そんな相性の悪い素材もあるんですね」
「この二つは特別だ。当人同士がすこぶる仲が悪かったらしい」
「……仲?」
「瓶の中の鱗と角は、炎豪竜と二角翼獅子が喧嘩しているところを先々代の魔法使いが仲裁に入った時に、落ちていた物を拾ってきたという」
「……なんですか、その碧謐の森昔話は」
まんま絵本になりそうな絵面だ。
「ちなみにスイウさんは、そういう怪獣大決戦を止めたことはありますか?」
「いや、私の代はそこそこ平和だ」
「それなら良かったです」
うっかり竜に踏み潰される人生は避けたい。
「他にも禁忌はありますか?」
「いくつか効能を打ち消す組み合わせや、飲む者の体調体質に因っては良からぬ作用が出る茶葉もある。だが、即死するレベルの物はあの二つだけ……」
言いかけたスイウは、ハッと思い出したように言葉を切って、棚から新たな二つの瓶を持ってくる。
「【石の沈黙】と【闇に埋もれた星】、この二つは混ぜない方がいい」
暗灰色の二種類の茶葉を突きつけられ、リルはゴクリと喉を鳴らす。
「こ……これにも何かただならぬ逸話があるんですか?」
スイウは憂いを帯びた顔で伏し目がちに、
「効能的には問題ない。ただ……」
「ただ?」
「吐くほど不味い」
…………。
「覚えておきます」
……ちょっと飲んでみたいかも。そう思ったのは秘密だ。
33
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
(完結)王家の血筋の令嬢は路上で孤児のように倒れる
青空一夏
恋愛
父親が亡くなってから実の母と妹に虐げられてきた主人公。冬の雪が舞い落ちる日に、仕事を探してこいと言われて当てもなく歩き回るうちに路上に倒れてしまう。そこから、はじめる意外な展開。
ハッピーエンド。ショートショートなので、あまり入り組んでいない設定です。ご都合主義。
Hotランキング21位(10/28 60,362pt 12:18時点)
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
姉の身代わりで冷酷な若公爵様に嫁ぐことになりましたが、初夜にも来ない彼なのに「このままでは妻に嫌われる……」と私に語りかけてきます。
夏
恋愛
姉の身代わりとして冷酷な獣と蔑称される公爵に嫁いだラシェル。
初夜には顔を出さず、干渉は必要ないと公爵に言われてしまうが、ある晩の日「姿を変えた」ラシェルはばったり酔った彼に遭遇する。
「このままでは、妻に嫌われる……」
本人、目の前にいますけど!?
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる