森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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20、二日目終了

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「はぁ~、生き返るぅ」

 冷えた体に温かい湯がじんわり沁みて、我知らずため息が漏れる。リルは桶の中でぐんっと伸びをした。
 見上げれば、金平糖を散りばめたような満天の星。

「今日も不思議なことばかりだったなぁ」

 狭い湯船に膝を立てて座り、肩まで浸かりながら一日の出来事を反芻してみる。
 ――変身黒狐のノワゼアが帰って、食事の後片付けが終わったのは正午過ぎ。
 リルは日没までの時間を、大樹の家の居住性についてスイウに教えてもらうことに費やした。
 家主の魔法使いは、訊けばなんでも答えてくれるが、訊かなければなにも話さない。だからリルは、思いつく限りのことを目一杯質問しまくった。
 それで解ったことは、

「大樹周辺の土壌は栄養豊富で植物がよく育つ。生ゴミを埋めるとすぐに微生物が堆肥に変えてくれる」

 とのことなので、早速出汁を取った後の鱒のアラを埋めてみた。
 ……朝、『リルを埋めれば家が喜ぶ(意訳)』と言われたが、事実だったようだ。
 家の外、背の高い茂みに隠れるように厠も設置されていた。浄化魔法が掛けられているという個室は明るく清潔だった。
 一番嬉しかったのは、案内された納屋で大きな桶を見つけたこと。

「この桶は、湯を張って風呂として使っている」

「わーい!」

 スイウの説明に、リルは思わず万歳した。風呂に入れるのは純粋に嬉しい。
 納屋には掃除道具や謎の実験器具などが雑然と収められていて、淡白なスイウの印象とは違って生活感に溢れていた。

「大樹の家と周りの設備は、全部スイウさんが作ったんですか?」

「いや。大樹いえは元からあって、歴代の魔法使いが必要に応じて物を増やしていった」

「歴代って……、スイウさん以外にも魔法使いがいたんですか?」

「いた。今はこの森の魔法使いは私一人だが」

 おとぎ話のイメージでは魔法使いは常に独りだったので、他の魔法使いがいたことが驚きだ。

「スイウさんは何代目ですか?」

「記録が取られ始めてからは、八代目」

 記録に残っていない頃から魔法使いは存在していたということか。

「スイウさんはこの森にどれくらい棲んでるんですか?」

 魔法使いは上目遣いに思い出し、

「かれこれ百三十……いや、百四十年になるか?」

「……」

 怖くて実年齢は聞けないが、ものすごい歳上なのは分かった。

「スイウさんは他の魔法使いに会ったことはありますか?」

「先代とは会っている。直接顔を見たことはないが、青雪渓谷の魔法使いから連絡が来たことはある」

 聞くことすべてが新しく、まるで夢物語だ。学校の同窓生に話したら、きっと寝ぼけているのかと笑われるだろう。
 ……リルは今、そういう世界に立っている。

「先代は魔女だっから、納屋に君に使えそうな物が残っているかもしれない」

 スイウに言われて、リルは緑の瞳を輝かせる。

「探していいですか!? あと、近くに食べられる野草がないか周辺を散策したいです」

「好きにしていい。ただし、あまり大樹から離れると危険だ。目の届く範囲までは結界が張ってあるが、森には蛇や毒虫、肉食獣が数多く棲んでいるから」

「はぁい」

 一般人にとって、ごく当たり前に大自然は脅威だ。
 その後、スイウと別れたリルは納屋をあさって衣類や手鏡を入手し、大樹の西側にクレソンとキクイモの群生地を発見した。
 そして日が暮れると……。
 リルは炊事場で沸かした湯を運び、風呂桶を満たした。ちなみに、竈の火はスイウに火打ち石をもらっておこした。
 本当は昼間の方が安全なのだが、恥ずかしいので暗くなってからの入浴にした。
 森は水資源が豊富なので、街よりも多く風呂に入れそうだ。

「この生活も悪くないかもね」

 受け入れてしまえば、怪異も楽しい。
 摘んできたムクロジの実で髪まで洗うと、身も心もさっぱりする。
 そろそろ出ようかと湯船から上がりかけて、ふと気づく。
 風呂桶を置いたこの場所は、リルの部屋の丁度真裏ではないか。

「外から私の部屋に入れるドアを作って欲しいな~」

 ……。
 振り仰いで頼んでみても、やっぱり大樹は黙ったままだ。

「むぅっ」

 リルは唸って、ふくれっ面を湯船に沈めた。
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