森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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18、初めてのお客様(6)

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 ――赤いポニーテールが地下階段に消えた後、愛らしい顔の狐耳少年は頬杖をついてニヤリと魔法使いを見つめた。

「魔法使いが大事な素材保管庫に凡庸な人の子を入れるなど、とち狂ったか?」

 口角を上げて牙を見せるノワゼアに、スイウは淡々と返す。

「彼女は凡庸ではない」

「道具なしでは竈の火すらもおこせない街の人間だぞ? 飯は美味かったし、気立ては悪くない。だがそれだけだ。この家も、何故リルの存在を許してるのだ?」

 馬鹿にした口調にも、魔法使いはまったく動じない。

「すぐに解る」

 多くを言わないスイウにノアゼアが挑発的に鼻を鳴らした、その時。

「おまたせしました!」

 何も知らないリルが茶葉の瓶を抱えて戻ってきた。

「さっぱりというリクエストなので、水属性の氷凍草をベースにブレンドしていきますね」

 木の匙を使って、眩い茶葉をティーポットに放り込んでいく。

「今回は冷茶なので水出しにします。決してお湯が沸かせないからじゃないからね」

 余計な言い訳を挟みつつ、瓶の水を注ぐ。
 想織茶の茶葉は湯でも水でも抽出時間は変わらない。専用の砂時計が一回落ちきるまで待てば完成だ。
 ガラスのティーカップを三つ用意して、濃さが均等になるよう注ぎ込んでいく。透き通った青い液体がカップに触れた瞬間、ピシリとカップの表面に霜がついた。

「わっ、こんなに冷えるんだ!」

 抽出液の温度が下がるのは氷凍草の特性で、アトリ亭でも扱っていたからリルも知っていたが、霜が降りるほど冷たくなるのを見たのは初めてだ。
 やはり本場のお茶は違うのだなと実感する。

「どうぞ」

 狐耳少年と魔法使いの前にカップを置いて、ドキドキで見守る。お客様にお茶を提供する時は、いつだって緊張する。
 ノワゼアは色を確認するように水面を覗き込んでから、カップを持って一口呷った……途端!

「ふぉ!? なんだこれ!」

 真紅の目をまんまるに見開き驚愕する。

「えぇ!?」

 そのリアクションに、リルも緑の目を皿にして飛び上がる。

「まずかった? 私、何か失敗した?」

 見知った茶葉しか使っていないから、悪い組み合わせはなかったはずなのに。

「く……っ」

 狼狽えるリルの前でノワゼアは俯いて肩を震わせ――

「くははははっ!」

 ――腹を抱えて大笑いし出した。

「え? あの、ノワ君……?」

 状況が分からず呆然とするリルを置いて、ノワゼアはケラケラ笑い続ける。目の端に浮いた涙を拭いながら笑いを治めたのは、しばらくしてからのこと。

「そうか、か」

 得心がいったように呟いて、魔法使いを見る。

「これが理由なのか、スイウ」

 ノワゼアの問いには答えず、スイウは黙々と青い茶を啜っている。それでも狐少年は満足そうに頷くと、今度はリルに目を向けた。

「時にリル、お前は何故この森にいるんだ?」

 脈絡もなく話を振られて、リルはオロオロと、

「えーと。昨日、スイウさんに衝動買いされまして」

「……は?」

 今度はノワゼアがキョトンとする番。当のスイウに目を移すと、

「丁度手持ちの金で足りたから」

 あっさり肯定されて、ノワゼアはこめかみを押さえた。

「……人間の里はそんなに恐ろしい場所なのか……?」

 どうやら森の狐に間違った知識を植え付けてしまったようだ。
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