森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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 結局、二基目の竈もノワゼアに点火してもらって、鱒のスパイス焼きと、スープを完成させる。

「食器類は家の中だから、鍋ごと運び込んじゃおうか」

「まったく、リルは客使いが荒いな」

 火の始末を終えた後、リルとノワゼアは鍋を一つずつ持って大樹の正面に向かう。
 ドアを覆うように伸びた枝に、リルは呼びかける。

「ただいま。開けてくれる?」

 するとゆっくりと枝が広がり、隠れていたドアが開いた。

(よかった、閉め出されるほど嫌われてはいないみたい)

 友好的に接してくれた大樹に感謝しつつ中へ入っていくリルに、ノワゼアは驚きの表情を浮かべつつ後に続く。
 日差したっぷりの明るいリビングには、魔法使いの青年が立っていた。

「スイウさん、一緒に食べましょう。お皿出してください」

 リルがついさっき断られたことも忘れて誘ってみると、スイウは躊躇いもなくコクリと頷き、テーブルに皿を用意する。
 四人掛けのテーブルに、スイウとリルが並んで座り、対面の席にノワゼアが腰掛ける。

「はい、召し上がれ」

 取り分けた皿を渡すと、ノワゼアは黒い耳をピンと立て、五本の指で握り込んだスプーンでガツガツと魚を頬張る。

「美味い! 塩だけでなく、いろんな味がする!」

 それは塩以外の調味料のお陰だ。
 皿ごと齧りそうな勢いの狐少年を微笑ましく眺めつつ、リルも料理に手をつけた。

「うん、なかなか」

 自画自賛してみる。スパイス焼きは焦がし気味に焼いた皮目が香ばしいし、スープは骨から取った出汁とほろほろと柔らかい鱒の身が優しい風味を醸し出している。一品しかない食材からここまで作れれば大成功な部類だろう。
 ちらりと横目で見ると、スイウは黙々とスープを飲んでいる。文句を言わないから、きっと不味くはないのだろうけど、

(アトリ亭に通っている時から、スイウさんは飲食物の感想を言う人じゃなかったよね)

 思い返して、ふと疑問が湧く。リルはおずおずと切り出した。

「あの、ちょっと聞きたいのですが。この森って、ノワ君みたいに人に変身する存在がたくさんいるんですか?」

 スイウとノワゼルは顔を見合わせて、

「いや、それほど多くはない」

「我は特別だぞ!」

 先に答えたスイウに、ノワゼアが胸を張る。

「でも、街で会ったスイウさんは、今と違う姿でしたよね?」

 アトリ亭に通っていた青年は栗色の髪でぼんやりとした印象だったが、今は長い銀髪に金色の瞳という遠くからでも目を引く容姿だ。

「あれはただの目眩ましだ」

 スイウは焼き魚にナイフを入れながら、

「街に行く時は、他人が私を認識しにくくなる術を掛けている。こちらから主張しない限りは目の前にいても気づかないし、見えたとしても『その他大勢』として記憶に留まらない」

 居るのに気づかれない。まるで透明人間だ。

「そっか。だからアトリ亭のお客さんだったスイウさんの顔を、あんまり思い出せないのか」

 考えると記憶に靄《もや》が掛かる。
 ……そんな曖昧な人物にほのかな恋心を抱いていたことは、絶対に内緒だ。
 しかし、これで街の門番を素通りできた理由も判明した。

「じゃあ、ノワ君の変身とスイウさんが別人に見える術は、違う原理なんですか?」

「宵朱狐の人化は、才能や体質だ。物理的な肉体変化と私の目眩ましとでは次元が違う」

「そうだぞ。我が一族はすごいんだぞ!」

 三角耳をピンと立てて、ノワゼアは大威張りだ。

「それじゃあ、魔法には物理的に変身する術はないのか……」

 がっかり、とリルが項垂れた瞬間、

「ある」

「あるんですか!? 見たい!」

 スイウの返事に、途端に顔を上げて食いつく。だが、

「疲れるからやらない」

「えぇ~」

 今度こそ落胆にテーブルに突っ伏した。
 大騒ぎな町娘と素っ気ない魔法使いのやり取りを見ていた狐少年は、スープの最後の一雫をパンで拭って口に放り込んだ。

「うむ、美味だったぞ」

「お粗末様です」

 満足気に腹をさするノワゼアに、リルもニコニコだ。

「さて、スイウ。食後の茶を出せ」

 命令された当人は、そのまま隣に丸投げする。

「任せた」

「はい!」

 リルはシャキッと立ち上がると、ノワゼアに問いかける。

「どんなお茶が飲みたいですか?」

「そうだな……。飯を食べて熱くなったから、さっぱりと涼しくなれる物を」

「りょーかい!」

 スキップで洞窟倉庫に下りていくリルの後ろ姿を……ノワゼルは怪訝な顔で見送った。
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