森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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15、初めてのお客様(3)

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「おーい、生きてるかー?」

 頬をつつく刺激で目が覚める。見上げると、真っ赤な瞳がリルを見下ろしていた。

(……夢じゃなかった)

 落ち込むよりも、清々しい諦めに心が穏やかになる。草の匂いと降り注ぐ木洩れ日。自分は今、森にいるのだと実感する。

「いてて」

 気を失っていたのは、ほんの数秒だったのだろうか。リルは打ち身に痛む背中をさすりながら上体を起こした。

「大丈夫か? 急に倒れたから何事かと思ったぞ」

 しゃがみこんで心配そうに顔を覗き込んでくるノワゼアに、リルは無理矢理笑顔を作った。

「大丈夫。ちょっと心の許容量が限界になって、思考がブチッと停止しただけだから」

「……その状態を、人の世では『大丈夫』と言うのか?」

 むしろ真逆だ。
 怪訝そうに的確なツッコミを入れる少年に、リルは苦笑するしかない。
 リルはノワゼアの手を借りて、なんとか立ち上がる。スカートの砂埃を払いながら、彼女は「あれ?」と気づいた。

「ノワゼアさん、耳」

「ん?」

 指差された少年は頭の上に手を乗せて、「あっ!」と叫んだ。
 さっき変身した時はなかったのに、今は人の側頭部に二つの狐の三角耳が生えている。

「あと、尻尾」

「なぬ!?」

 首だけ振り返ると、ハーフパンツのウエストからふさふさ尻尾がはみ出している。

「うぐぅっ。せっかく上手く変化出来ていたのに、お前が驚かすから微妙に戻ったじゃないか!」

「ご、ごめんなさい」

 羞恥に頬を膨らませて怒鳴る森の狐に、町娘は平謝りするしかない。……でも。

「でも、変身が解けちゃうくらい私のこと心配してくれたんだ。ありがとう」

「~~~っ」

 ノワゼアは湯気が出るんじゃないかというほど顔を真紅に染め、プイッとそっぽを向いた。

「別に心配なんかしてない!」

 ぴくぴく揺れる狐耳の内側まで真っ赤で、リルは笑ってしまう。この素直じゃない不思議な狐は、とても優しい心の持ち主のようだ。

「では、ノワゼアさんの為に腕によりを掛けますね。私、そんなに料理得意じゃないけど、頑張ります」

 意気込む彼女に、少年は「おう」と大仰に頷いてから、

「……ノワ」

「はい?」

「ノワと呼んでいいぞ、リル」

 ぶっきらぼうに言われて、リルは嬉しくなる。

「じゃあ、ノワ君って呼ぶね」

「いきなり気安いな」

 呆れながらも、ノワゼアは「まあいいか」と受け入れる。
 人間の子どもの姿をしたノワゼアは、狐の時同様に調理台の正面に回り込み、魚を捌く人間の少女を時々尻尾を左右に振りながら、熱心に眺めていた。
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