森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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14、初めてのお客様(2)

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 大樹の正面ドアの丁度真裏に、炊事場はあった。
 平らな石造りの床と、四本の支柱と簡素な屋根。建物には壁はなく、グリル台の付いた竈が二基と石窯が一基、それに調理台が設置されている。炊事場の近くには、つるべ井戸があるのも見つけた。

「うわっ、重い」

 リルは一抱えもある鱒をよろめきながらも調理台に置く。台の側面が抽斗ひきだしになっているのに気づいて開けてみると、中にはナイフや鍋などの器具と調味料類一式が入っていた。食材は鱒のみだが、なんとか料理はできそうだ。
 ナイフを取り出すリルの正面では、真っ黒な狐が前足を調理台に掛けて立ち上がり、赤い目を輝かせて興味深げに人間の作業を見守っている。台にぽふっと顎を載せた姿は壮絶に可愛くて、思わず笑みが零れる。
 リルは魚にナイフを当ててから、ふと気づく。

「何かを作るって言っても、人と狐じゃ食べるものが違うよね。鱗を取って、食べやすい大きさに切ればいいのかな?」

 尋ねるリルに、ノワゼアはフンッと長い鼻を鳴らした。

「まったく、お前は無知な小娘だな」

「なっ!? ひど……」

 いきなりの暴言にリルは怒ろうとするが、意味のある言葉を発する前に舌が凍りつく。何故なら、狐が前足をつっぱらせ顎を天に反らし、ブルリと体を震わせると……を変えたからだ。
 体を覆っていた真っ黒な獣毛は内側に吸い込まれるように消え、滑らかな皮膚が現れる。少し癖のある艷やかな漆黒の髪に、血のように真っ赤な瞳。年の頃は十歳くらいか。リルの肩ほどの身長になった彼は、鋭い牙を閃かせ、快活に笑ってみせた。

「宵朱狐は両曜の祝福を授かりし霊獣の一族。いつでも人の姿に変化へんげし、人と同じ物を食すことができる。理解しわかったら、さっさとごちそうを作れ!」

 服装は、公子のようなブラウスにカボチャパンツ。腰に手を当てて偉そうに命令してくる、さっきまでもふもふ狐だった少年。

「……」

 目の前で次々と巻き起こる怪異を受け止めきれず、昨日まで街の一般市民であったリルは――

 ぱたん。

 ――とうとうその場に倒れた。
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