14 / 140
14、初めてのお客様(2)
しおりを挟む
大樹の正面ドアの丁度真裏に、炊事場はあった。
平らな石造りの床と、四本の支柱と簡素な屋根。建物には壁はなく、グリル台の付いた竈が二基と石窯が一基、それに調理台が設置されている。炊事場の近くには、つるべ井戸があるのも見つけた。
「うわっ、重い」
リルは一抱えもある鱒をよろめきながらも調理台に置く。台の側面が抽斗になっているのに気づいて開けてみると、中にはナイフや鍋などの器具と調味料類一式が入っていた。食材は鱒のみだが、なんとか料理はできそうだ。
ナイフを取り出すリルの正面では、真っ黒な狐が前足を調理台に掛けて立ち上がり、赤い目を輝かせて興味深げに人間の作業を見守っている。台にぽふっと顎を載せた姿は壮絶に可愛くて、思わず笑みが零れる。
リルは魚にナイフを当ててから、ふと気づく。
「何かを作るって言っても、人と狐じゃ食べるものが違うよね。鱗を取って、食べやすい大きさに切ればいいのかな?」
尋ねるリルに、ノワゼアはフンッと長い鼻を鳴らした。
「まったく、お前は無知な小娘だな」
「なっ!? ひど……」
いきなりの暴言にリルは怒ろうとするが、意味のある言葉を発する前に舌が凍りつく。何故なら、狐が前足をつっぱらせ顎を天に反らし、ブルリと体を震わせると……その形を変えたからだ。
体を覆っていた真っ黒な獣毛は内側に吸い込まれるように消え、滑らかな皮膚が現れる。少し癖のある艷やかな漆黒の髪に、血のように真っ赤な瞳。年の頃は十歳くらいか。リルの肩ほどの身長になった彼は、鋭い牙を閃かせ、快活に笑ってみせた。
「宵朱狐は両曜の祝福を授かりし霊獣の一族。いつでも人の姿に変化し、人と同じ物を食すことができる。理解したら、さっさとごちそうを作れ!」
服装は、公子のようなブラウスにカボチャパンツ。腰に手を当てて偉そうに命令してくる、さっきまでもふもふ狐だった少年。
「……」
目の前で次々と巻き起こる怪異を受け止めきれず、昨日まで街の一般市民であったリルは――
ぱたん。
――とうとうその場に倒れた。
平らな石造りの床と、四本の支柱と簡素な屋根。建物には壁はなく、グリル台の付いた竈が二基と石窯が一基、それに調理台が設置されている。炊事場の近くには、つるべ井戸があるのも見つけた。
「うわっ、重い」
リルは一抱えもある鱒をよろめきながらも調理台に置く。台の側面が抽斗になっているのに気づいて開けてみると、中にはナイフや鍋などの器具と調味料類一式が入っていた。食材は鱒のみだが、なんとか料理はできそうだ。
ナイフを取り出すリルの正面では、真っ黒な狐が前足を調理台に掛けて立ち上がり、赤い目を輝かせて興味深げに人間の作業を見守っている。台にぽふっと顎を載せた姿は壮絶に可愛くて、思わず笑みが零れる。
リルは魚にナイフを当ててから、ふと気づく。
「何かを作るって言っても、人と狐じゃ食べるものが違うよね。鱗を取って、食べやすい大きさに切ればいいのかな?」
尋ねるリルに、ノワゼアはフンッと長い鼻を鳴らした。
「まったく、お前は無知な小娘だな」
「なっ!? ひど……」
いきなりの暴言にリルは怒ろうとするが、意味のある言葉を発する前に舌が凍りつく。何故なら、狐が前足をつっぱらせ顎を天に反らし、ブルリと体を震わせると……その形を変えたからだ。
体を覆っていた真っ黒な獣毛は内側に吸い込まれるように消え、滑らかな皮膚が現れる。少し癖のある艷やかな漆黒の髪に、血のように真っ赤な瞳。年の頃は十歳くらいか。リルの肩ほどの身長になった彼は、鋭い牙を閃かせ、快活に笑ってみせた。
「宵朱狐は両曜の祝福を授かりし霊獣の一族。いつでも人の姿に変化し、人と同じ物を食すことができる。理解したら、さっさとごちそうを作れ!」
服装は、公子のようなブラウスにカボチャパンツ。腰に手を当てて偉そうに命令してくる、さっきまでもふもふ狐だった少年。
「……」
目の前で次々と巻き起こる怪異を受け止めきれず、昨日まで街の一般市民であったリルは――
ぱたん。
――とうとうその場に倒れた。
36
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完
瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。
夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。
*五話でさくっと読めます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です
渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。
愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。
そんな生活に耐えかねたマーガレットは…
結末は見方によって色々系だと思います。
なろうにも同じものを掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる