10 / 140
10、初めての仕事(2)
しおりを挟む
リルはテーブルに茶葉の瓶を並べると、指差しながら説明する。
「今回のお茶は、地属性の苔【安寧の日々】をベースに、【風乗り草】と【月の調べ花】と【儚凪草】と【閑なる刻】を加えます」
想織茶は最初に基礎となる一種類の茶葉を選び、その味に合う別の茶葉を適宜加えて作っていく。
宝石みたいに色とりどりの輝きを放つ、詩歌のような響きの植物の欠片を匙で掬い、ティーポットに入れる作業はいつだって心が踊る。
でも、一番好きなのは、湯を注ぐ瞬間。
ティーポットという小宇宙の中で煌めく茶葉達の香りが弾け、旨味が混ざり合う。個性が調和して生み出される新たな世界。その創造主になれることこそが、リルの至上の喜びだった。
慎重に茶葉の量を決め、いざ湯を注ごう! ……と思ったその時、
「あ、お湯沸かしてない」
リルは重大な準備不足に気づいた。
「スイウさん、お湯はありますか?」
訊かれた魔法使いは深緑のローブを翻し、部屋の隅に鎮座する瓶の前まで足を運ぶ。
「これが飲用水だ。お茶にはこの水を使うといい」
リル一人を沈めてもまだ余裕のありそうな大瓶には、なみなみと透き通った水が満たされていた。家の中に飲み水が用意されているのは便利だなと感心しつつ、
「それで、お湯を沸かす場所は?」
「どこでも」
リルの再度の質問に素っ気なく返すと、スイウは近くにあった鉄の水差しを手に取ると、ザブンと瓶に沈めて水を汲んだ。そして、滴る雫をそのままに水差しを見つめ「沸け」と呟く。
すると、水差しから白い湯気が噴き出した!
「え? どういうこと!?」
驚いて覗き込むと、水差しの中の液体はふつふつと気泡を上げながら煮え立っていた。
「すごい! これも魔法ですか?」
昨日と同じテンションでキラキラな瞳で見上げてくる少女に、魔法使いはコクリと頷く。
「私にもできますか?」
「やろうと思えば」
「どうやって? 水差しと仲良くなればいいんですか!?」
食いつくリルに、スイウは表情を変えずに答える。
「水差し云々《うんぬん》ではなく、湯を沸かしたい意志が強いか否かだ」
「お湯を沸かしたい意志……」
口の中で反芻したリルはぐっと決意を固めると、水瓶の前に立って、備え付けの柄杓で水を掬った。目を瞑って、深呼吸を一つ。それから目を開けて……!
「お湯になれ!!」
気合の叫びは高い天井に木霊した。
――くわんくわんと細い残響が霧散すると、少女は涙目で魔法使いを振り返った。
「……何も起こりませんが」
「だろうな」
当然とばかりに頷くと、スイウは冷静な足取りでテーブルに戻っていく。
「湯が冷めるから、早くお茶を淹れてくれ」
「はぁい」
リルは肩を落としたまま、スイウの沸かした湯をティーポットに注ぐ。
(お湯を沸かしたいって気持ちは絶対あったのになぁ~!)
やっぱり、一般人には魔法使いと同じことをするのは無理なのだろうか。
しょんぼりしながらも、今は目の前の想織茶に集中しようと心を切り換える。
――そんなリルの手の中で、水差しの湯がふつっと小さく再沸騰したことに……彼女は気づいていなかった。
「今回のお茶は、地属性の苔【安寧の日々】をベースに、【風乗り草】と【月の調べ花】と【儚凪草】と【閑なる刻】を加えます」
想織茶は最初に基礎となる一種類の茶葉を選び、その味に合う別の茶葉を適宜加えて作っていく。
宝石みたいに色とりどりの輝きを放つ、詩歌のような響きの植物の欠片を匙で掬い、ティーポットに入れる作業はいつだって心が踊る。
でも、一番好きなのは、湯を注ぐ瞬間。
ティーポットという小宇宙の中で煌めく茶葉達の香りが弾け、旨味が混ざり合う。個性が調和して生み出される新たな世界。その創造主になれることこそが、リルの至上の喜びだった。
慎重に茶葉の量を決め、いざ湯を注ごう! ……と思ったその時、
「あ、お湯沸かしてない」
リルは重大な準備不足に気づいた。
「スイウさん、お湯はありますか?」
訊かれた魔法使いは深緑のローブを翻し、部屋の隅に鎮座する瓶の前まで足を運ぶ。
「これが飲用水だ。お茶にはこの水を使うといい」
リル一人を沈めてもまだ余裕のありそうな大瓶には、なみなみと透き通った水が満たされていた。家の中に飲み水が用意されているのは便利だなと感心しつつ、
「それで、お湯を沸かす場所は?」
「どこでも」
リルの再度の質問に素っ気なく返すと、スイウは近くにあった鉄の水差しを手に取ると、ザブンと瓶に沈めて水を汲んだ。そして、滴る雫をそのままに水差しを見つめ「沸け」と呟く。
すると、水差しから白い湯気が噴き出した!
「え? どういうこと!?」
驚いて覗き込むと、水差しの中の液体はふつふつと気泡を上げながら煮え立っていた。
「すごい! これも魔法ですか?」
昨日と同じテンションでキラキラな瞳で見上げてくる少女に、魔法使いはコクリと頷く。
「私にもできますか?」
「やろうと思えば」
「どうやって? 水差しと仲良くなればいいんですか!?」
食いつくリルに、スイウは表情を変えずに答える。
「水差し云々《うんぬん》ではなく、湯を沸かしたい意志が強いか否かだ」
「お湯を沸かしたい意志……」
口の中で反芻したリルはぐっと決意を固めると、水瓶の前に立って、備え付けの柄杓で水を掬った。目を瞑って、深呼吸を一つ。それから目を開けて……!
「お湯になれ!!」
気合の叫びは高い天井に木霊した。
――くわんくわんと細い残響が霧散すると、少女は涙目で魔法使いを振り返った。
「……何も起こりませんが」
「だろうな」
当然とばかりに頷くと、スイウは冷静な足取りでテーブルに戻っていく。
「湯が冷めるから、早くお茶を淹れてくれ」
「はぁい」
リルは肩を落としたまま、スイウの沸かした湯をティーポットに注ぐ。
(お湯を沸かしたいって気持ちは絶対あったのになぁ~!)
やっぱり、一般人には魔法使いと同じことをするのは無理なのだろうか。
しょんぼりしながらも、今は目の前の想織茶に集中しようと心を切り換える。
――そんなリルの手の中で、水差しの湯がふつっと小さく再沸騰したことに……彼女は気づいていなかった。
40
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
貴族の爵位って面倒ね。
しゃーりん
恋愛
ホリーは公爵令嬢だった母と男爵令息だった父との間に生まれた男爵令嬢。
両親はとても仲が良くて弟も可愛くて、とても幸せだった。
だけど、母の運命を変えた学園に入学する歳になって……
覚悟してたけど、男爵令嬢って私だけじゃないのにどうして?
理不尽な嫌がらせに助けてくれる人もいないの?
ホリーが嫌がらせされる原因は母の元婚約者の息子の指示で…
嫌がらせがきっかけで自国の貴族との縁が難しくなったホリーが隣国の貴族と幸せになるお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる