森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

文字の大きさ
上 下
8 / 140

8、翌朝

しおりを挟む
「ん……っ」

 瞼に落ちる眩しい光に薄目を開ける。
 リルが街を離れて二日目。外は晴天なのか、降り注ぐ木洩れ日が部屋を明るく照らしていて、すっかり夜が明けていることを体感する。

「おはよぉ~」

 あくび混じりに家に挨拶する。上半身を起こすと、肩や背中に強張りを感じて腕を回す。
 造ってもらったベッドは丸太のように滑らかな木肌で寝返りを打っても身体が傷つくことはないが、如何せん硬すぎるのが難点だ。マットでも敷ければいいのだが……。

「ねぇ、このベッドって、もう少し柔らかくならない?」

 一応尋ねてみるが、家はだんまりを決め込んだまま。魔法使いの言うことしか聞いてくれないのだろうか。

「どうやったら仲良くなれるんだろ?」

 ため息交じりに呟いて部屋を出る。赤毛を手櫛で束ねながらリビングに行くと、スイウがいた。
 梢から降り注ぐ一条の光の中で佇む長い銀髪の青年の姿は幽玄的で、リルは思わず呼吸も忘れて見入ってしまう。
 人の気配に気づいたのか、魔法使いは髪を揺らしてリルを振り返ると、わずかに金色の瞳を細めた。

「起きたか」

「お、おはようございますっ」

 新入居者は慌てて挨拶する。

「スイウさんは早起きですね! 今が何時かは知らないけど」

 焦って不必要な会話をしてしまうリルに、スイウは表情を変えずに足元に目を落とした。

「時間なら床に落ちる光の位置で判る」

「へ?」

 リルも一緒に下を向くと、床には円状に規則正しい木目が並んだ箇所があって、その一つに木洩れ日が射しているのが見えた。

「今は六時だ」

 どうやらこの家は天然の日時計の役割もあるらしい。

「季節によって日の傾きは変わるが、家の方で調整してくれる」

「へぇ、便利ですね!」

 素直にリルが感心すると、梢が軽快に揺れた。家が照れたのかもしれない。

「スイウさんはいつもこの時間に起きるんですか?」

 決まっているなら家主と起床時間を合わせようと思ったが、

「いや」

 スイウはふるふると首を振る。

「寝てない」

「寝てない!?」

 起床以前の問題だった。

「私には朝晩の区別はない。寝たくなったら寝て、起きたくなったら起きる。君は私の生活に合わせなくていい」

「……はい」

 魔法使いとは自由な生き物らしい。
 街育ちのリルと森の魔法使いのスイウでは、常識も習慣もまるで違う。この場所での暮らしに慣れるには時間が掛かりそうだ。――それでも彼女は、

「お茶を淹れてくれないか?」

「はい!」

 好きなことを出来るとなれば、すぐにご機嫌になれるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です

渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。 愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。 そんな生活に耐えかねたマーガレットは… 結末は見方によって色々系だと思います。 なろうにも同じものを掲載しています。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

処理中です...