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5、大樹の家
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青年は大樹の前で立ち止まると、ごく自然に「ただいま」と声を掛けた。すると、幹の下の方から生えていた枝がガサリと動き、奥から根本の洞に嵌ったドアが姿を現した。
「ひぇ!?」
あまりの非現実的風景に、リルは飛び上がる。しかし、驚いているのは彼女だけで、彼の方は勝手知ったる様子でドアを開けて木の中に入っていく。青年を収納した途端、またドアを隠すように枝が動き始めたので、リルも慌てて中に飛び込んだ。
「ええと……お邪魔します……?」
一応挨拶してみる。
大樹の中は空洞で、規則正しく並んだ根が平らな床になっている。どうやらこの木は『家』と呼ぶに相応しい空間を内包しているようだ。上を向くと幾重にも葉が折り重なった天井が見えた。室内が明るいのは、木洩れ日のお陰だろう。
広いスペースには大きなテーブルと椅子が四脚。殺風景だが、ここはリビングなのだろうか。
「こちらに」
言われてついていくとリビングの奥に通路があり、左右の行き止まりに一つづつ部屋があった。
「西側が私の部屋、東側が君のだ」
聞くまでもなくリルが住むことは決定事項らしい。
青年は簡単に説明してから、今度は壁の隙間に隠れるようにあった階段を下りていく。張り出す根の段差を辿っていくと、岩壁の部屋に着いた。どうやら大樹の下は洞窟になっているようだ。
地下のひんやりとした空気にリルは自分の肩を抱いて身震いする。
思ったより湿度が高くないのは、どこかに風穴があるのだろうか? リルは物珍しげに辺りを見回して、
「あ!」
見つけた物に瞳を輝かせた。
石壁を削って作られた何段もの棚。その上に並べられたガラス瓶に収められていたのは……。
「想織茶だ!」
愛しい物達との邂逅に、思わず飛びついてしまう。精霊の加護を受けた草木の茶葉は宝石の輝きで、どんな場面でもリルの心を踊らせる。
「すごい、炎吠花がこんなに! 春の足音草も色鮮やか。アトリ亭では見たことのない茶葉がいっぱい……」
リルの働いていた想織茶専門店には茶葉は四属性がそれぞれ十種類、計四十種類の茶葉しかなかったのに、洞窟の棚には百を超える茶葉が並んでいる。
「街に卸している茶葉は、何と混ぜても問題のない扱いやすい品種だけだからな」
不意に言われて、夢中で茶葉を確認していたリルの手が止まる。彼女はいくつかのガラス瓶を抱えたまま、
「……もしかして、このお茶全部あなたが作ったんですか?」
コクリと頷かれて、驚愕する。
リルは以前、マリッサに茶葉の仕入先について尋ねたことがある。店長は笑って「秘密だよ」と言っていたが……まさか常連客が生産者だったとは。
そして、今まで起こった事象から総合的に判断して、リルはある結論にたどり着く。それは……、
「あなた、まさか……魔法使いなの?」
彼はまたコクリと頷いた。
「……」
(うわあああぁぁっ!!)
リルは心で絶叫しながら、頭を抱えて蹲った。
『碧謐の森には魔法使いが棲んでいる』
そんなの、シルウァで育った人間なら誰でも知っていること。子どもが眠る前、枕元で大人が聞かせてくれた定番のおとぎ話だ。
――そう、ただのおとぎ話のはずだったのに……。
(魔法使いって実在してたの!??)
「ひぇ!?」
あまりの非現実的風景に、リルは飛び上がる。しかし、驚いているのは彼女だけで、彼の方は勝手知ったる様子でドアを開けて木の中に入っていく。青年を収納した途端、またドアを隠すように枝が動き始めたので、リルも慌てて中に飛び込んだ。
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一応挨拶してみる。
大樹の中は空洞で、規則正しく並んだ根が平らな床になっている。どうやらこの木は『家』と呼ぶに相応しい空間を内包しているようだ。上を向くと幾重にも葉が折り重なった天井が見えた。室内が明るいのは、木洩れ日のお陰だろう。
広いスペースには大きなテーブルと椅子が四脚。殺風景だが、ここはリビングなのだろうか。
「こちらに」
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青年は簡単に説明してから、今度は壁の隙間に隠れるようにあった階段を下りていく。張り出す根の段差を辿っていくと、岩壁の部屋に着いた。どうやら大樹の下は洞窟になっているようだ。
地下のひんやりとした空気にリルは自分の肩を抱いて身震いする。
思ったより湿度が高くないのは、どこかに風穴があるのだろうか? リルは物珍しげに辺りを見回して、
「あ!」
見つけた物に瞳を輝かせた。
石壁を削って作られた何段もの棚。その上に並べられたガラス瓶に収められていたのは……。
「想織茶だ!」
愛しい物達との邂逅に、思わず飛びついてしまう。精霊の加護を受けた草木の茶葉は宝石の輝きで、どんな場面でもリルの心を踊らせる。
「すごい、炎吠花がこんなに! 春の足音草も色鮮やか。アトリ亭では見たことのない茶葉がいっぱい……」
リルの働いていた想織茶専門店には茶葉は四属性がそれぞれ十種類、計四十種類の茶葉しかなかったのに、洞窟の棚には百を超える茶葉が並んでいる。
「街に卸している茶葉は、何と混ぜても問題のない扱いやすい品種だけだからな」
不意に言われて、夢中で茶葉を確認していたリルの手が止まる。彼女はいくつかのガラス瓶を抱えたまま、
「……もしかして、このお茶全部あなたが作ったんですか?」
コクリと頷かれて、驚愕する。
リルは以前、マリッサに茶葉の仕入先について尋ねたことがある。店長は笑って「秘密だよ」と言っていたが……まさか常連客が生産者だったとは。
そして、今まで起こった事象から総合的に判断して、リルはある結論にたどり着く。それは……、
「あなた、まさか……魔法使いなの?」
彼はまたコクリと頷いた。
「……」
(うわあああぁぁっ!!)
リルは心で絶叫しながら、頭を抱えて蹲った。
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そんなの、シルウァで育った人間なら誰でも知っていること。子どもが眠る前、枕元で大人が聞かせてくれた定番のおとぎ話だ。
――そう、ただのおとぎ話のはずだったのに……。
(魔法使いって実在してたの!??)
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