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94、通算三回目のデート(7)
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私を背に庇うように前へ出たフィルアートに、一人の男が立ちはだかる。
ボサボサ頭に色褪せたバンダナを巻いた眼帯の巨漢は、いかにも『盗賊団の首領』の風情だ。
そいつはこれみよがしに舌を出して鈍色のナイフを舐めると、切っ先をフィルアートに向けた。
「おうおう、こんなところでデートか? 色男。邪魔してすまないなぁ。大方、魔鉱石の噂を聞いて来たんだろうが、俺達に遭ったのが運の尽きだ。金目のモン全部置いていけ。そしたら命だけは助けてやる」
首領の脅し文句に呼応して、周りの盗賊もゲハゲハ下卑た笑いを轟かせる。
あまりにもベタな展開に眩暈がする。こんな奴ら、とっとと片付けちゃえ。そう思ってフィルアートを仰ぎ見ると、彼は鹿爪らしい顔で首領を見つめたまま動かない。
「……貴様、今なんと言った?」
低い声で聞き返すフィルアートに、首領も「あぁ?」と怪訝そうに眉を寄せる。
「聞こえなかったのか? 金目のモン置いて……」
「違う!」
律儀に言い直した首領の声をするどく遮る。
「もっと前!」
「魔鉱石の噂……」
「その前!」
「こんなところでデート……」
「そこ!」
フィルアートはビシッと首領を指差しながら、私を振り返る。
「聞いたか、エレノア。俺達は他人の目からもデートしているように見えるぞ!」
……そんなキラキラな笑顔で申されましても……。
「それ、今しなきゃならない確認事項ですか?」
思わずツッコむ私に、首領もそうだそうだと同意する。
「こいつ、舐めやがって! ちょっと顔がいいからって調子に乗んな。見てろよ、今からてめぇの前でその女を――」
「――そこまでだ」
耳障りな怒号を遮り、フィルアートは首領を睨みつけた。
「それ以上言えば、首と胴が離れるぞ。俺の顔は生まれつきだ、何を言われてもどうとも思わない。しかし……」
琥珀の瞳に周囲の空気がひりつき、ぞわっと鳥肌が立つ。
「彼女を侮辱する言葉を吐くのは許さん」
氷点下の声に、誰もが凍りつく。もし怒りが具現するならば、きっと彼の形をしているに違いない。眼光と声だけで苦しいほどに気圧される。これが国を支える王家の血筋か。
「ななななに、なに……」
首領は必死で反論しようとするが、怯えて舌が回らない。そんな盗賊団首領に自国の第三王子は構わず尋問する。
「貴様らは魔鉱石を採りに来た者達を待ち伏せして窃盗を繰り返していたのか?」
「そ、そう……」
素直に答える首領。
「では、魔鉱石の噂も貴様が撒いた餌か?」
「ちが。魔石は本当に……」
「それだけ聞ければ十分だ」
フィルアートは満足げに頷くと、ハンドサインを出した。
「やれ、ルラキ」
合図に反応した飛竜が、大きな翼をバサッと羽ばたかせた。……瞬間、発生した突風に私達を取り囲んでいた盗賊団が吹き飛ばされ、木々に打ち付けられて地面に転がる。
わぁ、まさに『一掃』だ。
「くっ、くそぅ!」
しかし、端にいて転倒ダメージの少なかった盗賊の一人が立ち上がり、斧を手に襲いかかってきた。
私が一歩下がって剣を引き抜こうとした、刹那。目の前に白い影が躍り出た。
「セリニ!」
名を呼ぶ前に、巨大な窮奇はペチッと前足で盗賊を叩き伏せていた。
強いぞ、うちのお猫様。
「エレノア、こいつらを縛ってくれ」
「了解であります」
出番がなかったことにがっかりしつつ、私は上官と手分けして盗賊のベルトや靴紐で手首を拘束する。最後は太い縄で十人纏めて縛り上げて、盗賊団子の完成だ。
「では、頼むぞルラキ。王都の門兵に届けてくれ。全速力でな」
フィルアートが仔細を書いた紙を首領のバンダナに挟むと、心得たとばかりに藍の飛竜が綱の端を咥えて飛び立つ。振り子のように揺れる盗賊団から響く、多種多様な悲鳴が遠ざかっていく。
ルラキは王家の紋章入りの鞍を付けているし、フィルアートと視覚共有してるから、無事に罪人を兵士に引き渡してくれるだろう。だけど、
「王都まで何度も往復したらルラキが疲れませんか?」
騎獣を気遣う私にフィルアートは鷹揚に笑う。
「飛竜は何日も休まず飛び続けられる生き物だ。この距離では散歩にもならない。それに」
悪戯っぽく口の端を上げて、
「本気のルラキの飛行速度は音を超える。王都なんて一瞬だ」
「……」
それは、盗賊団にはさぞかし愉快な空の旅になるでしょうね。
ボサボサ頭に色褪せたバンダナを巻いた眼帯の巨漢は、いかにも『盗賊団の首領』の風情だ。
そいつはこれみよがしに舌を出して鈍色のナイフを舐めると、切っ先をフィルアートに向けた。
「おうおう、こんなところでデートか? 色男。邪魔してすまないなぁ。大方、魔鉱石の噂を聞いて来たんだろうが、俺達に遭ったのが運の尽きだ。金目のモン全部置いていけ。そしたら命だけは助けてやる」
首領の脅し文句に呼応して、周りの盗賊もゲハゲハ下卑た笑いを轟かせる。
あまりにもベタな展開に眩暈がする。こんな奴ら、とっとと片付けちゃえ。そう思ってフィルアートを仰ぎ見ると、彼は鹿爪らしい顔で首領を見つめたまま動かない。
「……貴様、今なんと言った?」
低い声で聞き返すフィルアートに、首領も「あぁ?」と怪訝そうに眉を寄せる。
「聞こえなかったのか? 金目のモン置いて……」
「違う!」
律儀に言い直した首領の声をするどく遮る。
「もっと前!」
「魔鉱石の噂……」
「その前!」
「こんなところでデート……」
「そこ!」
フィルアートはビシッと首領を指差しながら、私を振り返る。
「聞いたか、エレノア。俺達は他人の目からもデートしているように見えるぞ!」
……そんなキラキラな笑顔で申されましても……。
「それ、今しなきゃならない確認事項ですか?」
思わずツッコむ私に、首領もそうだそうだと同意する。
「こいつ、舐めやがって! ちょっと顔がいいからって調子に乗んな。見てろよ、今からてめぇの前でその女を――」
「――そこまでだ」
耳障りな怒号を遮り、フィルアートは首領を睨みつけた。
「それ以上言えば、首と胴が離れるぞ。俺の顔は生まれつきだ、何を言われてもどうとも思わない。しかし……」
琥珀の瞳に周囲の空気がひりつき、ぞわっと鳥肌が立つ。
「彼女を侮辱する言葉を吐くのは許さん」
氷点下の声に、誰もが凍りつく。もし怒りが具現するならば、きっと彼の形をしているに違いない。眼光と声だけで苦しいほどに気圧される。これが国を支える王家の血筋か。
「ななななに、なに……」
首領は必死で反論しようとするが、怯えて舌が回らない。そんな盗賊団首領に自国の第三王子は構わず尋問する。
「貴様らは魔鉱石を採りに来た者達を待ち伏せして窃盗を繰り返していたのか?」
「そ、そう……」
素直に答える首領。
「では、魔鉱石の噂も貴様が撒いた餌か?」
「ちが。魔石は本当に……」
「それだけ聞ければ十分だ」
フィルアートは満足げに頷くと、ハンドサインを出した。
「やれ、ルラキ」
合図に反応した飛竜が、大きな翼をバサッと羽ばたかせた。……瞬間、発生した突風に私達を取り囲んでいた盗賊団が吹き飛ばされ、木々に打ち付けられて地面に転がる。
わぁ、まさに『一掃』だ。
「くっ、くそぅ!」
しかし、端にいて転倒ダメージの少なかった盗賊の一人が立ち上がり、斧を手に襲いかかってきた。
私が一歩下がって剣を引き抜こうとした、刹那。目の前に白い影が躍り出た。
「セリニ!」
名を呼ぶ前に、巨大な窮奇はペチッと前足で盗賊を叩き伏せていた。
強いぞ、うちのお猫様。
「エレノア、こいつらを縛ってくれ」
「了解であります」
出番がなかったことにがっかりしつつ、私は上官と手分けして盗賊のベルトや靴紐で手首を拘束する。最後は太い縄で十人纏めて縛り上げて、盗賊団子の完成だ。
「では、頼むぞルラキ。王都の門兵に届けてくれ。全速力でな」
フィルアートが仔細を書いた紙を首領のバンダナに挟むと、心得たとばかりに藍の飛竜が綱の端を咥えて飛び立つ。振り子のように揺れる盗賊団から響く、多種多様な悲鳴が遠ざかっていく。
ルラキは王家の紋章入りの鞍を付けているし、フィルアートと視覚共有してるから、無事に罪人を兵士に引き渡してくれるだろう。だけど、
「王都まで何度も往復したらルラキが疲れませんか?」
騎獣を気遣う私にフィルアートは鷹揚に笑う。
「飛竜は何日も休まず飛び続けられる生き物だ。この距離では散歩にもならない。それに」
悪戯っぽく口の端を上げて、
「本気のルラキの飛行速度は音を超える。王都なんて一瞬だ」
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