かぶっていた猫が外れたら騎士団にスカウトされました!

灯倉日鈴(合歓鈴)

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72、二回目のデート、のはず(12)

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「ここにはマンティコアこいつしかいないの? どうしてここにいるの?」

「それは本人に訊いてみたら?」

 スノーに促されて、私は檻の中の人喰い魔獣に目を向けた。するとそいつは猫のように香箱を組み、面白そうに目を細めた。

「ようやくまともな会話のできる人間が来たわい」

 さっきの少女の声とは違う、顔に似合ったしわがれた老人の声。魔物の中には、人と同程度かそれ以上の知能を持つ個体もいるという。そいつらは総じて魔力が高く、とても危険な存在だ。

「どうしてあんたはここにいるの?」

「たまたま森で密猟者の召喚魔法の罠に掛かってしまってのう。気づいたらこの檻におった」

「暗晦の森に魔法陣を描いて、檻の中に転送させているのか。しかも、檻には魔力を抑える結界が敷いてあるから、王都の監視網に引っかからなかった。巧妙だな」

 感心してないでシステムの穴はちゃんと塞いでくださいよ、騎士団のエライ人。

「それで、あんたを捕まえた連中は?」

「儂をどこぞの好事家に高く売ろうとせっせと世話をしてくれていたのだがのう。鬱陶しくなって喰ってしまったわい」

 魔物が顎をしゃくった先には、白衣の白骨が転がっている。

『病院の近くを歩いていると、中から白衣の大男が現れて建物に引きずり込まれる』

 あの噂の白衣は密売業者のユニフォームか。スノーが見た医者みたいな格好の霊もきっとそいつらだ。

「ここも昔はもっと魔物がおって賑やかだったんじゃが、みんないなくなってしまってのう」

 しみじみ言うマンティコアに呆れてしまう。

「みんな、あんたが喰ったんじゃないの?」

 睨みつけると、魔獣は薄く嗤う。

「全員ではない。他の魔物同士で共喰いしたり、人間を襲って反撃されたり。この場を管理する人間がいなくなってからは、滅びの一途を辿ってしもうた」

 一番の滅びの原因が悪びれもせず言う。

「世話係がいなくなってからは、食事に困ってのう。仕方がないので死者の魂を操り、新しい食事を連れてきてもらっておったのじゃ」

 それが、廃病院に大量の悪霊が発生した理由か。でも、魔獣密売業者が地下ここに拠点を置いたのって、病院が潰れたからよね? じゃないと患者に怪しまれる。それなら……。

「あんたがここに来る前からいた幽霊も悪霊化してたんだけど、それもあんたが原因?」

「朱に交われば赤くなる。実体を持たない者は染まりやすいのじゃ」

 私が見た五人の入院患者の幽霊は、ただ自分の死んだ場所で漂っていただけなのに、魔獣の悪意の影響を受けてしまったのか。
 自分を捕らえた人間を殺し、一緒に捕らえられていた仲間魔物を殺し、殺した魂を使って無関係な生者を殺した。
 大人しく鉄格子の向こうで寝そべっている魔獣が、体長の何倍も大きく感じられる。

「のう、お嬢さんや」

 マンティコアが猫なで声を出す。

「ここから出してくれんかのう。聞いた通り、儂は欲深い人間に捕らえられた憐れな被害者じゃ。出してくれたら儂は森に戻り、人里には決して近づかないと誓う。お嬢さんは道理の解る優しい娘さんじゃろう? 老い先短い獣をどうか見捨てんでくれ」

 眉尻を下げ、悲壮感たっぷりに語る涙目の老人に思考が鈍っていく。魅了だか催眠だか、これがこいつの能力か。
 私は頭を振って、魔獣の言葉に抗う。

「そんなに出たいなら、自分で出ればいいじゃない。わざわざ霊を操って無関係の人を誘拐して。どうして出てこないの?」

 私のもっともな質問に、老人顔の魔獣はむっつりと口を閉ざす。代わりに答えたのはスノーだった。

「そんな意地悪言っちゃ可哀想だよ、エレノア。そいつは自分じゃ出られないんだから」
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