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68、二回目のデート、のはず(8)
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――まるで夜の墓場だ。
昏い地面に、ぽつりぽつりと浮かび上がる墓石。
闇から生まれてくる人の霊は、そんな光景を思い出させた。ただ一つ違うところは、墓石は動かないのに対し、こいつらは移動するということ。しかも明確な悪意を持って生者の元へと。
私は緊迫感に息を呑み、剣を握り直す。正直、気力も体力も限界だ。これ以上は一人で捌ききれないぞ。……と思っていたら。
「今度は僕の番かな」
場違いに陽気な声で、最年少者が進み出る。
「そろそろお化け屋敷にも飽きてきたから帰りたいんだよね。邪魔しないで」
呪文を唱えながら右手を上げるスノーに、フィルアートがすかさず声を掛ける。
「スノー、老朽化が進んだ家屋内で爆発系魔法は使うな。倒壊するぞ」
魔導士はちぇっと唇を尖らせると、詠唱を変えた。お、スノーってフィルアートの言うことはちゃんと聞くんだ。
旋律を帯びた詠唱の後、スノーはまだ輪郭の曖昧なヘドロ人形群に手を翳す。
「業火」
発動の言葉と同時に、黒い床一面に青白い炎が燃え上がる。途端にヘドロ達は断末魔を上げて転がり回り、ぐずぐずと形を崩していく。耳を塞ぎたくなるような苦悶の悲鳴。灼熱の炎に巻かれ、のたうつ姿を間近にしながらも、私は一切熱さを感じない。スノーが喚び出したのは、死者の魂を燃やす地獄の業火だ。
白い煙を上げてくすぶる泥人形がその場に倒れる。
炎が消えた時には、床は元に戻っていた。
すごい、あの量の死霊を一遍に始末できるんだ。
「エレノア、どう? 僕、かっこよかったでしょ?」
子犬だったら千切れるくらい尻尾を振っているんだろうなという表情で、スノーは上目遣いに私を見てくる。
「うん、スノーはすごいね」
掛け値なしに褒めて上げると、魔法使いは満面の笑みだ。この子、素直だと案外可愛い。……いや、ある意味いつも素直なんだけど。
一方、上機嫌なスノーの横で、フィルアートは浮かない顔をしている。唇に手を当て眉間にシワを寄せて何やら思案してから、私に目を向けた。
「エレノア、この建物に幽霊は何体いた?」
不意打ちの質問に、私は咄嗟に姿勢を正す。
「二階に十四、三階に九体。一階の霊は形が定まっていなかったので正確には判りませんが、およそ二十体……」
「二十一だよ」
私の言葉を、スノーが補足する。
「では、二・三階の霊の特徴は?」
「男性十五、女性八。その内、お揃いの白いガウンを着た男女が五名。他の十八名の服装はバラバラですが一般市民の普段着風、年齢は十代から三十代」
外見を瞬時に覚える技術は、警邏訓練で嫌というほど叩き込まれた。
「一階は色が区別つかないほど暗かったけど、医者みたいな格好の奴が三人いたよ。あとは街によくいる若者って感じ」
訓練している姿を見かけたことのないスノーも、流石に軍歴が長いだけあって要所は押さえている。
フィルアートはますます渋い顔をして、
「……おかしい」
憮然と呟いた。
昏い地面に、ぽつりぽつりと浮かび上がる墓石。
闇から生まれてくる人の霊は、そんな光景を思い出させた。ただ一つ違うところは、墓石は動かないのに対し、こいつらは移動するということ。しかも明確な悪意を持って生者の元へと。
私は緊迫感に息を呑み、剣を握り直す。正直、気力も体力も限界だ。これ以上は一人で捌ききれないぞ。……と思っていたら。
「今度は僕の番かな」
場違いに陽気な声で、最年少者が進み出る。
「そろそろお化け屋敷にも飽きてきたから帰りたいんだよね。邪魔しないで」
呪文を唱えながら右手を上げるスノーに、フィルアートがすかさず声を掛ける。
「スノー、老朽化が進んだ家屋内で爆発系魔法は使うな。倒壊するぞ」
魔導士はちぇっと唇を尖らせると、詠唱を変えた。お、スノーってフィルアートの言うことはちゃんと聞くんだ。
旋律を帯びた詠唱の後、スノーはまだ輪郭の曖昧なヘドロ人形群に手を翳す。
「業火」
発動の言葉と同時に、黒い床一面に青白い炎が燃え上がる。途端にヘドロ達は断末魔を上げて転がり回り、ぐずぐずと形を崩していく。耳を塞ぎたくなるような苦悶の悲鳴。灼熱の炎に巻かれ、のたうつ姿を間近にしながらも、私は一切熱さを感じない。スノーが喚び出したのは、死者の魂を燃やす地獄の業火だ。
白い煙を上げてくすぶる泥人形がその場に倒れる。
炎が消えた時には、床は元に戻っていた。
すごい、あの量の死霊を一遍に始末できるんだ。
「エレノア、どう? 僕、かっこよかったでしょ?」
子犬だったら千切れるくらい尻尾を振っているんだろうなという表情で、スノーは上目遣いに私を見てくる。
「うん、スノーはすごいね」
掛け値なしに褒めて上げると、魔法使いは満面の笑みだ。この子、素直だと案外可愛い。……いや、ある意味いつも素直なんだけど。
一方、上機嫌なスノーの横で、フィルアートは浮かない顔をしている。唇に手を当て眉間にシワを寄せて何やら思案してから、私に目を向けた。
「エレノア、この建物に幽霊は何体いた?」
不意打ちの質問に、私は咄嗟に姿勢を正す。
「二階に十四、三階に九体。一階の霊は形が定まっていなかったので正確には判りませんが、およそ二十体……」
「二十一だよ」
私の言葉を、スノーが補足する。
「では、二・三階の霊の特徴は?」
「男性十五、女性八。その内、お揃いの白いガウンを着た男女が五名。他の十八名の服装はバラバラですが一般市民の普段着風、年齢は十代から三十代」
外見を瞬時に覚える技術は、警邏訓練で嫌というほど叩き込まれた。
「一階は色が区別つかないほど暗かったけど、医者みたいな格好の奴が三人いたよ。あとは街によくいる若者って感じ」
訓練している姿を見かけたことのないスノーも、流石に軍歴が長いだけあって要所は押さえている。
フィルアートはますます渋い顔をして、
「……おかしい」
憮然と呟いた。
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