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67、二回目のデート、のはず(7)
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「つーかーれーたー」
ヘトヘトになって階段を下りていく。
休日のはずなのに、訓練日より疲れているぞ。
「フィルアート殿下と出掛けると碌なことがない」
今日だって、廃病院を走り回ったお陰で、汗だくの埃まみれだ。文句の止まらない私に、当の本人は愉快そうに白い歯を見せる。
「俺は楽しかったぞ」
「僕も! エレノアがブンブン剣振り回してるの楽しかった」
私の苦労はあんた達の娯楽かい。
「あんなに悪霊化した霊がいるとは思わなかったが、とりあえず心霊スポットも満喫できたことだし、でっかいステーキでも食べて帰るか」
フィルアートの提案に、私は「それなんですけど」と手を挙げる。
「奢りはまた後日にしてもらえませんか。今日は夜間外出届を出してないし、もうすぐセリニのご飯の時間になるので」
お化け屋敷で思わぬ時間を費やしたので、割れた窓から見える空は既に黄昏色だ。官舎暮らしには制約が多い。暗くなる前に帰らないと門限を過ぎてしまう。
「セリニは何してるの?」
「部屋で寝てるよ。出掛ける時に誘ったんだけど、ベッドから出てこなかった」
訊いてくるスノーに私は答える。
猫サイズのセリニは他の騎獣と違い、厩舎ではなく私の部屋で寝起きしている。気ままな彼は、私にべったりな時もあれば、独りでふらりと散歩に出てお気に入りの陽だまりでお昼寝していることもある。
軍総司令部には結界が張ってあって契約者が喚ばない限りは騎獣は敷地内から出られないし、警備は万全。視覚共有もあるので動向は把握できる。だから今日は、ベッドに丸くなっていたルニエに『私と一緒に行こうよ』と声を掛けた時、くあっと大あくびして毛布に潜った彼の意志を尊重したのだ。
でも離れている間は寂しかったから、お土産におやつを買って帰ろう。
「そうか。ならば俺もルラキの好物を買って帰るか」
私の心を呼んだようにフィルアートが頷く。
だけど、奢りの機会は逃さないから、あとでちゃんとステーキに連れてってもらうからね。
「ねえ、帰りは辻馬車拾ってよ。僕、基地まで歩くのヤダよ」
「こんな時間じゃ馬車はいない。諦めろ」
「えー。僕は王子やエレノアみたいに何でも筋肉で解決できない繊細な少年なんだよ? ちょっとは労ってよ」
「私も筋肉の要らない世界線で生きたかったんだけど」
くだらない会話を交わしつつ、階段を下りていく。踊り場を曲がり、一階のロビーへと下りかけた、その時。
「待て」
フィルアートが片腕を広げ、私とスノーの行く手を遮った。
「何か変だ」
入った時は明るかったロビーは、日が傾いたことで光が届かなくなって、辛うじて調度品の輪郭が判別できるかできないか程度に薄暗い。特に床は墨を撒いたように真っ黒だ。
「何がです……か!?」
言いながら私は足を一歩進めて……ロビーの床につま先を着けた瞬間、ぬちゃっと沈む間隔に、慌てて足を引っ込めた。
「な、なに?」
床一面にヘドロが敷き詰められてる? ううん、床自体がヘドロになったみたいだ。
「どうやら、僕達を帰したくないみたいだね」
歌うようにスノーが笑う。歓喜に満ちた紫色の瞳には、ヘドロの中から緩慢に立ち上がる幾つもの人影が映っていた。
ヘトヘトになって階段を下りていく。
休日のはずなのに、訓練日より疲れているぞ。
「フィルアート殿下と出掛けると碌なことがない」
今日だって、廃病院を走り回ったお陰で、汗だくの埃まみれだ。文句の止まらない私に、当の本人は愉快そうに白い歯を見せる。
「俺は楽しかったぞ」
「僕も! エレノアがブンブン剣振り回してるの楽しかった」
私の苦労はあんた達の娯楽かい。
「あんなに悪霊化した霊がいるとは思わなかったが、とりあえず心霊スポットも満喫できたことだし、でっかいステーキでも食べて帰るか」
フィルアートの提案に、私は「それなんですけど」と手を挙げる。
「奢りはまた後日にしてもらえませんか。今日は夜間外出届を出してないし、もうすぐセリニのご飯の時間になるので」
お化け屋敷で思わぬ時間を費やしたので、割れた窓から見える空は既に黄昏色だ。官舎暮らしには制約が多い。暗くなる前に帰らないと門限を過ぎてしまう。
「セリニは何してるの?」
「部屋で寝てるよ。出掛ける時に誘ったんだけど、ベッドから出てこなかった」
訊いてくるスノーに私は答える。
猫サイズのセリニは他の騎獣と違い、厩舎ではなく私の部屋で寝起きしている。気ままな彼は、私にべったりな時もあれば、独りでふらりと散歩に出てお気に入りの陽だまりでお昼寝していることもある。
軍総司令部には結界が張ってあって契約者が喚ばない限りは騎獣は敷地内から出られないし、警備は万全。視覚共有もあるので動向は把握できる。だから今日は、ベッドに丸くなっていたルニエに『私と一緒に行こうよ』と声を掛けた時、くあっと大あくびして毛布に潜った彼の意志を尊重したのだ。
でも離れている間は寂しかったから、お土産におやつを買って帰ろう。
「そうか。ならば俺もルラキの好物を買って帰るか」
私の心を呼んだようにフィルアートが頷く。
だけど、奢りの機会は逃さないから、あとでちゃんとステーキに連れてってもらうからね。
「ねえ、帰りは辻馬車拾ってよ。僕、基地まで歩くのヤダよ」
「こんな時間じゃ馬車はいない。諦めろ」
「えー。僕は王子やエレノアみたいに何でも筋肉で解決できない繊細な少年なんだよ? ちょっとは労ってよ」
「私も筋肉の要らない世界線で生きたかったんだけど」
くだらない会話を交わしつつ、階段を下りていく。踊り場を曲がり、一階のロビーへと下りかけた、その時。
「待て」
フィルアートが片腕を広げ、私とスノーの行く手を遮った。
「何か変だ」
入った時は明るかったロビーは、日が傾いたことで光が届かなくなって、辛うじて調度品の輪郭が判別できるかできないか程度に薄暗い。特に床は墨を撒いたように真っ黒だ。
「何がです……か!?」
言いながら私は足を一歩進めて……ロビーの床につま先を着けた瞬間、ぬちゃっと沈む間隔に、慌てて足を引っ込めた。
「な、なに?」
床一面にヘドロが敷き詰められてる? ううん、床自体がヘドロになったみたいだ。
「どうやら、僕達を帰したくないみたいだね」
歌うようにスノーが笑う。歓喜に満ちた紫色の瞳には、ヘドロの中から緩慢に立ち上がる幾つもの人影が映っていた。
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