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64、二回目のデート、のはず(4)
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草木を揺らす風の音さえ不気味に感じる。
病院の正面入口の大扉は案の定鍵が掛かっていたので、私達は右手側の割れた窓から建物に入った。はい、不法侵入です。
最初に降り立ったのは、受付ロビー。高級だったであろう革張りの長椅子は破れて横倒しになり、酷い有様だ。
「ここはかつて、とある貴族が裕福層向けに建てた医療施設だった。一時期は百人の入院患者を抱えていたそうだが、十年ほど前に経営が破綻。医師も看護師も患者も去り、残ったのはこの建物のみ」
説明しながら奥へと歩いていくフィルアートに、私は黙ってついていく。スノーは屋内を自由に跳ね回っているが、見えるところにいるので放置だ。
「人のいなくなった廃病院には、いつの頃からか奇妙な噂が立つようになった」
私を振り返りもせず、フィルアートは続ける。
「曰く、夜な夜な病院の中から叫び声が聞こえる。曰く、面白がって病院に入った若者がそのまま姿を消した。一人ではなく、何人も。曰く、病院の近くを歩いていると、中から白衣の大男が現れて建物に引きずり込まれる」
ごくり、と我知らず唾を飲む。まんまありがちな怪談だけど、定番化する程度には怖い。
「なんでそんな不気味な建物を放置してるんですか?」
「解体にも金が掛かるんだよ。病院は頑丈な造りだから、壊すのに労力も時間も要する。だから二次利用を考えている間に時が経ってしまった」
政府的に重要な案件じゃないから棚上げになってるのね。スノーは簡単に「消し飛ばす」なんて豪語してたけど、街中で大魔法を使うなら、住民の避難や各部署の承認も要るだろうし。
……それにしても。
「どうした、具合が悪いか?」
上りかけた階段で、手摺に掴まって息をついた私の顔を、フィルアートが覗き込んでくる。
「いいえ、大丈夫です」
私は無理矢理笑顔を作るけど、全然大丈夫じゃない。
ツンとした消毒液の匂いが鼻につく。
……病院は嫌い。死んだ母を思い出すから。
「とりあえず、建物を一周してから、美味い物を食べて帰ろう」
一段上に立ったフィルアートが、右手を差し出してくる。
デートなら、廃病院のオプション付けずに「美味い物」だけで良かったんですけど……。ボヤキは心の中にしまっておいて、私は彼の手に自分のそれを重ね――
「あー! エレノア、第三王子と手を繋ぐの? 僕も繋ぐ!」
――る寸前、ひょこっと現れた白頭に、慌てて手を引っ込めた。
「繋がない! 一人で歩けるから!」
何が悲しくて三人仲良くお手々繋いで歩かなきゃなんないのよ? しかも私の両手が塞がるし!
私は一段抜かしで階段を駆け上がり、二階の廊下に出た。この建物は三階建て、二・三階は入院施設になっているようだ。
「もう、早く回って出ましょう。こんなくだらない場所……」
私がまだ一階の踊り場に取り残された男性陣を見下ろして宣言しようとした、瞬間。
――カツン。
背後から、足音がした。
病院の正面入口の大扉は案の定鍵が掛かっていたので、私達は右手側の割れた窓から建物に入った。はい、不法侵入です。
最初に降り立ったのは、受付ロビー。高級だったであろう革張りの長椅子は破れて横倒しになり、酷い有様だ。
「ここはかつて、とある貴族が裕福層向けに建てた医療施設だった。一時期は百人の入院患者を抱えていたそうだが、十年ほど前に経営が破綻。医師も看護師も患者も去り、残ったのはこの建物のみ」
説明しながら奥へと歩いていくフィルアートに、私は黙ってついていく。スノーは屋内を自由に跳ね回っているが、見えるところにいるので放置だ。
「人のいなくなった廃病院には、いつの頃からか奇妙な噂が立つようになった」
私を振り返りもせず、フィルアートは続ける。
「曰く、夜な夜な病院の中から叫び声が聞こえる。曰く、面白がって病院に入った若者がそのまま姿を消した。一人ではなく、何人も。曰く、病院の近くを歩いていると、中から白衣の大男が現れて建物に引きずり込まれる」
ごくり、と我知らず唾を飲む。まんまありがちな怪談だけど、定番化する程度には怖い。
「なんでそんな不気味な建物を放置してるんですか?」
「解体にも金が掛かるんだよ。病院は頑丈な造りだから、壊すのに労力も時間も要する。だから二次利用を考えている間に時が経ってしまった」
政府的に重要な案件じゃないから棚上げになってるのね。スノーは簡単に「消し飛ばす」なんて豪語してたけど、街中で大魔法を使うなら、住民の避難や各部署の承認も要るだろうし。
……それにしても。
「どうした、具合が悪いか?」
上りかけた階段で、手摺に掴まって息をついた私の顔を、フィルアートが覗き込んでくる。
「いいえ、大丈夫です」
私は無理矢理笑顔を作るけど、全然大丈夫じゃない。
ツンとした消毒液の匂いが鼻につく。
……病院は嫌い。死んだ母を思い出すから。
「とりあえず、建物を一周してから、美味い物を食べて帰ろう」
一段上に立ったフィルアートが、右手を差し出してくる。
デートなら、廃病院のオプション付けずに「美味い物」だけで良かったんですけど……。ボヤキは心の中にしまっておいて、私は彼の手に自分のそれを重ね――
「あー! エレノア、第三王子と手を繋ぐの? 僕も繋ぐ!」
――る寸前、ひょこっと現れた白頭に、慌てて手を引っ込めた。
「繋がない! 一人で歩けるから!」
何が悲しくて三人仲良くお手々繋いで歩かなきゃなんないのよ? しかも私の両手が塞がるし!
私は一段抜かしで階段を駆け上がり、二階の廊下に出た。この建物は三階建て、二・三階は入院施設になっているようだ。
「もう、早く回って出ましょう。こんなくだらない場所……」
私がまだ一階の踊り場に取り残された男性陣を見下ろして宣言しようとした、瞬間。
――カツン。
背後から、足音がした。
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