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60、新しい日常

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 ――それから数日は、目まぐるしく過ぎていった。
 夜明けと共に起きて朝練、朝食の後は午前の訓練、昼食を摂ったら午後の訓練。日が暮れるまで体を酷使した後は、夕食を食べて決められた短い時間で入浴してベッドに直行。
 訓練の合間には、警邏や分厚い軍規の暗記、新兵用の対魔物講座なんてのもある。

「王都や街壁のある都市には結界が張られていて、強大な力を持つ魔物は入り込めないようになっている。しかし、例外的に入れる魔物もいる。それはなんだ? エレノア・カプリース」

 教官の問いに、私は答える。

「騎獣や愛玩魔物などの人と魔法で契約をした魔物です」

「その通り。加えて魔力の弱い魔物や幼獣は感知されにくく、結界の網をくぐり抜けてしまうことがある」

 だから、神獣クラスの魔物である窮奇を私は王都に連れ帰れたのか。

「弱い魔物も一般市民にとっては十分な脅威だ。だから我々は王都内外を警邏し、時には討伐隊を編成し、日夜国民の安全を守っているのだ」

 座学は眠くなるけど、筆記試験もあるのでがんばって意識を保つ。今の私の身分は下級兵士。騎士資格を得るにはいくつもの試験を経て、実戦で功績を挙げなければならない。
 騎士とはいかなくても、給金アップの為にもう少し階級を上げたい。
 ちなみに、我がパルティトラ王国では騎士は爵位ではなく職位だ。でも、騎士階級になれば貴族待遇になる。私は男爵令嬢だから最初から貴族待遇のはずなんだけど、庶民の兵士と変わらずしごかれている。
 訓練は基本同じ隊の者と行う。第七隊の隊員は三十二名で、戦闘員二十二名、非戦闘員五名、魔導士五名で構成されている。数日掛けて、なんとか顔と名前が一致するようになってきた。
 魔導士は魔導士で集まって訓練してるんだけど、その中にスノーが混じっているのは見たことがない。たまに基地裏を散歩していたり、セリニと遊んでいたりするのを見かける。自由な奴だ。
 隊長のフィルアートは公務で外出していることが多く、副隊長のゴードンが実質隊を仕切っている。訓練中の手合わせでは、騎士からも三回に一回は勝ち星を上げられる私だけど、ゴードンには勝てない。あと、訓練がめちゃめちゃハード。

「ゴードン副長って強いですね」

 十一回目の惨敗の後、ヘロヘロになった私が先輩隊員に話しかけながら座り込むと、彼は私に水を渡しながら苦笑する。

「あいつは人間の中じゃ頭一つ飛び抜けてるからなぁ。他の隊ならすぐに隊長になれる器だよ」

 それじゃ、平の兵士わたしが敵うわけないっすね。

「他の隊ならって、フィルアート殿下はゴードン副長より強いんですか?」

 一応聞いてみると、先輩隊員は首を竦めて、

「あの方は鬼神だよ。人がどうこうできるレベルじゃない」

 ……そんなに凄いの?
 実際、二度ほど彼の剣技を目の当たりにして、壮絶さは体感したのだけど……イマイチ天然キャラが抜けきらない。
 別にいいんだけどね。
 学園に通っていた八年間に欠席していた体育の授業を一気に取り戻す運動量の数日を終え、女子官舎に帰る。
 明日は初めての休日。きっとベッドから起き上がれないんだろうな……。
 そう思いながら官舎の玄関を入ろうとすると、

「お疲れ、エレノア」

 不意に背後から声を掛けられた。振り返ると、見てくれだけは完璧な王子様が立っていた。

「お疲れ様です、フィルアート殿下」

 ものすごーっく疲れてますよ。汗だくで皮肉すら声に出せない私に、フィルアートは涼し気な表情で口を開いた。

「明日は初めての休日だな。実家に帰る予定はあるのか?」

「この前、兄達も来てくれたので、明日は帰りません。官舎でのんびりするつもりです」

 正直、明日は起き上がれる気がしない。次の訓練や出撃の為にしっかり休んで体力を回復しなきゃ。……と思っていたのだけど。

「つまり、明日は予定がないんだな」

 私の言質を取ったフィルアートは琥珀の瞳を輝かせた。

「では、俺とデートしよう」

 ……はい?

「朝はゆっくりしたいだろうから、午後から。司令部の西側通用門で待ってる」

「え? ちょ、なに!?」

「また明日」

 私がパニクっている間に、フィルアートはとっとと踵を返し、黄昏の中に消えていく。
 なんなの、あいつ! いつも人の意見も聞かずに勝手に決めて。こっちは疲れてて咄嗟に頭が回らなかったっていうのに。

「あー、もう!」

 一気に脱力してその場に膝をつく。
 見上げた空に一番星を見つけた私の唇から、ため息と共に零れ落ちた言葉は――

「明日、何着て行こう?」

 ――だった。
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