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3、第三王子フィルアート

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 わわっ! 王子様の突然のお部屋訪問!
 どどどどうしよう、私、毛玉だらけの部屋着なんだけどっ。
 えーと、王族への挨拶って、どうやるんだっけ?

 とりあえず立ち上がらなきゃと、私がベッドから足を下ろそうとした……刹那。

 ブワッ!!

 いきなり殺気が膨れ上がった。フィルアートが剣の柄に手を置き、一歩足を踏み出したのだ。

 やばい。

 思うより先に、私の体は動いていた。
 右手でグロウスを突き飛ばし、左足でクラインを蹴り飛ばしながら、左手をフィルアートの軌道を遮るように伸ばす。
 もう剣を抜くのを阻止する時間はない。
 ならば、左腕が斬り落とされている間に反撃する!
 私は右の拳を固めて剣戟を待ったが……。

「……あれ?」

 突然ふっと、殺気が掻き消えた。

「いてて。なんだよ、急に。エレノア……」

 ベッドから突き落とされた兄二人が、転落時に打ったであろう頭や腰をさすりながら体を起こす。

「ごめん、お兄ちゃん。この人が……」

 思わず王子を指差す私に、クラインは不思議顔だ。

「フィルがどうかしたのか?」

 どうって……。
 第三王子は私の方に一歩足を進めただけの格好でじっと私を見据えているだけだ。既に剣からも手を下ろしているので、何事もないのに私一人が勝手に大騒ぎしたみたいな状況になっている。……若干、恥ずかしいです。
 うーむ。どう説明したものか。
 私が悩んでいると、口を開いたのはフィルアートの方だった。

「俺が彼女を試したんだ」

「試す?」

 鸚鵡返しするグロウスに王子は頷く。

「斬りかかるフリをしたら、即座に反応した」

 ……ねぇ? 本物の殺気じゃなかったら、私だってあんなに焦らなかったんだけど。
 呆れる私に彼は向き直り、

「どうして先にグロウスとクラインを逃がす行動を取った? あのまま俺が剣を抜いていたら、確実にお前は左腕を失っていたぞ」

 ……どうしてって……。

「優先順位よ。私は自分の腕より兄達の方が大事だっただけ」

 答える私の後ろで、双子は顔を見合わせて、

「やべっ。うちの妹いとしすぎ。妖精じゃね?」

「それを言うなら天使だろ。俺、エレノアの為に絵を描く。大聖堂の天井画よりデカくて荘厳なヤツ」

「じゃあ俺はエレノアを讃えた曲を作る。フルオーケストラで五時間超えで超絶技巧の」

「やめて」

 勝手にパルティトラの芸術史に私の名前を残さないでください。

「でも、試すって何? 初対面で失礼じゃない?」

 相手は王族だけど、敬語を使う気にならない。睨みつける私に、フィルアートは少しだけ目を細めた。……表情が読めないけど、笑ったのかもしれない。

「そうだな、それはすまなかった」

 お、王子様のくせに素直に謝ったぞ。

「だが、俺の見立ては間違ってはいなかった」

 フィルアートは今度は剣ではなく、素手を私に差し出した。

「王国騎士団に入れ、エレノア・カプリース。共に王国を守護しよう」

「やだ」

「なっ!?」

 秒殺した私に、フィルアート王子は驚愕に顔を引きらせた。あら、美形はどんな表情でも様になるのね。

「何故だ、エレノア・カプリース。君には武術の才能がある。国の為に生かすべきだ」

「そういうの、いらないから」

 真剣に説得し始めるフィルアートに、私は耳を掻いて聞きたくないアピールをする。

「私の夢はそこそこのお金持ちと結婚して、悠々自適な生活を送ること。ついでに婚家のお陰でカプリース家が栄えたらいうことないわ」

「俺んち、ついでなんだ」

 グロウスお兄ちゃんがツッコんでくるけど、ただの言葉のあやだから気にしないでね!

「騎士とか武術とか、そういう汗臭い熱血青春は間に合っております。お引取りを」

「しかし……」

 完全にシャットアウトな私に、王子は僅かに眉を下げて、

「俺は、昨夜の美しいムーンサルトを見て確信したんだ。『こいつなら世界を獲れる』と……!」

「ぎゃーーー!!!」

 ぎゃーーー!!!

 私は頭を抱えて物理的にも心情的にも大絶叫した。
 見られた……。見られてたっ!!

「ななななんで王子が学園にいるんですか!?」

 とっくに卒業してる年齢でしょうに!

「所用で学園長に会いに来ていた」

 バッドタイミング!!

「で、でも! それと騎士団入団とは何の関係もありません。私の意志は変わりません!」

 なんとか自分を立て直した私に、フィルアートは「ふむ」と顎に手を当てた。

「どうしても無理か?」

「無理です!」

 きっぱりすっぱり拒絶すると、彼は「解った」と頷いた。
 よかった。これで面倒事は回避だ。私がほっとしたのも……束の間。

「では、もう一つの夢の話をしよう」

 フィルアートはぽんっと手を叩いた。

「俺と結婚しよう、エレノア・カプリース」

「……は?」

「俺はそこそこの金持ちで、カプリース家を栄えさせられる王族だ。君の条件に当て嵌まる」

「え? ……あの、ちょっ!?」

 突然、何言い出すんだ、こいつ!?
 意図は分からないけど、私の危険回避能力本能が全力で警告を出している。これは受けない方がいい話だ。適当な理由をつけて断るべし!

「あの、ごめんなさい。私には心に決めた人――」

「――には昨日フラれただろう?」

 ぐわわぁぁぁぁ! 一部始終見られてた!!

「まずは交際からだな。デートしよう。明日の朝、迎えに来る」

 勝手に宣言すると、王子は踵を返してさっさと部屋を出ていく。

「待ってよ! 私は約束してな……」

 抗議の為に伸ばした私の手を、彼は流れる動作で受け止めた。そして、問答無用で小指を絡める。

「約束」

 ぎゅっと握ってすぐに離すと、今度こそ王子はカプリース邸を去っていった。
 残された私と双子の兄達は……。

「おにーちゃん。あの人、変」

「まあ、ちょっと変わってるよな」

「悪いやつじゃないんだけど」

 ……不敬なことを囁きあったのだった。
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