かぶっていた猫が外れたら騎士団にスカウトされました!

灯倉日鈴(合歓鈴)

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2、予期せぬ訪問者

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「うわーん! 私のバカバカバカぁ!」

 ベッドの上で枕をポカスカ殴りまくる。あ、カバーが破れて羽が出ちゃった。後で縫っておこう。
 衝撃の婚約破棄から一夜明けて。今日は学園を休んだ私(元々卒業前で自主登校だったけど)は、自室で反省会の真っ最中だった。
 もうちょっとで上手く行くところだったのに。
 私の幸せ玉の輿計画が台無しだよ!
 卒業パーティーのパートナーも就職先も一遍に失くなっちゃったし。
 こんなのって、酷すぎる……。

「こらこら、エレノア。そんなに虐待したら枕が可哀想だろう?」

 なおも羽を飛び散らせて枕に拳を落とし続ける私に、ドアの方から声がした。振り返ると、

「グロウスお兄ちゃん、クラインお兄ちゃん……」

 カプリース家の長男と次男が立っていた。双子の彼らは二十六歳。年の離れた従妹で義妹の私を可愛がってくれている。
 本来なら、立場的に私は二人を『様』付けで呼ばなきゃいけないんだろうけど、兄弟が「妹にお兄ちゃんって呼んでもらうのが夢だった!」って言い張るので現在に至る。
 ちなみに、グロウスは宮廷作曲家でピアニスト、クラインは宮廷建築家で画家でもある、パルティトラ王国では知らぬ者のいない芸術家兄弟だ。

「聞いたぞ、我が妹よ。伯爵家のぼっちゃんにフラれたんだって?」

 グロウスがベッドの右隣に座り、私の頭をなでなでする。

「しかも、悪い令嬢に階段で突き飛ばされたって?」

 今度はクラインが左隣から私の頭を撫でる。

「酷いことをするもんだな!」

「まったく、うちの妹になんてことを!」

 双子は鹿爪らしい顔を見合わせて……同時にブハッと噴き出した!

「それにしても、あの長い階段の天辺から落ちたのに無傷って! さすがエレノアだよな!」

「しかも、すっげーアクロバットしたって! ピンヒールで宙返りって!」

 二人とも学園の卒業生だから学園の間取りは知っている。
 腹を抱えて容赦なく笑い続ける兄二人に、私は頬を膨らませた。

「ちょっとぉ! 人の不幸を笑わないでよ!」

「ごめんごめん」

 グロウスは瞳に浮かんだ涙を拭いながら軽く言う。

「大体、エレノアが深窓の令嬢の猫被るなんて無理なんだよ」

「そうそう、中身が虎かライオンなんだから」

 クラインは私の膨れたほっぺを指でつついて空気を抜く。

「うちに来た時から、エレノアは俺達よりうんと強かったからな」

「強いのはいいことだ。ありのままのエレノアを受け入れてくれる人を見つければいいじゃないか」

「でも……」

カプリース家うちのことは気にするな。どうせ継ぐ物は家名くらいだ」

「そうそう、うちは領地のない貴族だからな」

 この国では、爵位はあっても領地がない下流貴族は珍しくない。……だからこそ、恩返しの為にカプリース家を発展させたいって思ったんだけど……。
 楽観的な兄達の甘やかし攻撃にしばらく身を任せていた私は、はたと気づく。

「ってか、なんでお兄ちゃん達は私が階段から落ちた詳細を知ってるの?」

 宙返りとか、昨日の今日でそんなに早く噂が駆け巡っちゃったの!?
 訝しむ私に、兄弟はけろりと、

「昨日の珍事を目撃した人がいるんだよ」

「で、エレノアの身元を知って、俺達に紹介してくれって頼んできたんだ」

 ……殺人未遂を珍事呼ばわりしないで欲しいんですけど……。

「え? 昨日の学園での出来事を見てた人がいるの? お兄ちゃん達に紹介を頼むって……宮廷に来たの?」

 兄達の勤め先は、王城の中だ。
 ……そういえば、今は平日の昼間なのに、何で兄達は家にいるのだろう?

「宮廷に来たっていうか……」

「住んでるんだよな」

 兄弟は顔を見合わせ、「ねー」と頷き合う。
 仲良いな、双子。

「いいよ! 入れよ」

 ドアの方に顔を向けたグロウスが呼びかけると、一人の男性が音もなく部屋に入ってきた。
 兄達は相変わらずヘラヘラしてるけど。一瞬にしてピンッと張り詰めた空気に私は息を呑む。
 黒髪に琥珀の瞳の秀麗な顔立ち、姿勢正しく背が高い。詰め襟の軍服に、深緑色のマント。腰には鞘に収まった長剣。左足を一歩後ろに引いているのは、瞬時に剣を抜けるようにしているからだ。
 ……この顔は、以前何かの祝賀式典で遠くから見たことがある。

 王国騎士団所属、パルティトラ王国第三王子フィルアート。
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