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32、元通りの日常

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 培養瓶から出て、すっかり元気になったノノだが……。
 衝撃的な事実を目の当たりにすることになった。

「ああぁぁあぁ……っ」

 狐の耳と尻尾をペシャリと下げて、うちひしがれる。

「お師様の髪が……ボクが丹精込めて育てた、お師様の髪がああぁぁっ」

 床に崩れ落ちて泣きじゃくる弟子に、師匠は苦笑するしかない。

「仕方ないですよ。緊急事態だったので」

 囮の魔物の材料として使ってしまったので、背中まであったフォリウムの髪は、うなじからすっぱりと切り取られていた。

「ボクの髪……ボクが毎日丁寧にいていた髪が……」

 フォリウムのざんばらな後頭部を撫でては、また声を上げて泣く。

「またすぐに伸びますよ」

 のほほんと慰める魔法使いに、ノノは耳を立ててすがりつく。

「すぐっていつですか!?」

「さあ? 五・六年くらいですかね」

「そんなに待てませんー!」

 散々悲しんでから、横で見守っていたレナロッテをギンッと睨む。

「あんたのせいだからな! 触手オバケ! 疫病神!」

「……返す言葉もない」

 そこは女騎士も反省している。

「誠意を見せろ! あんたが丸刈りになれ!」

「ノノ、レナロッテさんの髪を切っても私の髪が伸びるわけではありませんよ?」

 魔法使いが弟子を諭すが、

「ボクの気が晴れます!」

 感情論を言わせたら、ノノの右に出る者はいなかった。

「大体、ちょっと婚約者が別の女と結婚しちゃったくらいでバケモノになるのやめてくれる? 周りの命がいくらあっても足りないよ!」

 ……全然『ちょっと』な出来事ではない。

「まあ、愛憎の縺れで人間辞める例は、古今東西山ほどありますからねぇ」

 フォリウムがフォローにならないフォローを入れる。

「それは……本当に悪かったと思ってる」

 レナロッテは俯いて、右腕をさすった。
 我を忘れて自分の中の魔物を暴走させた。ノノが体を張って止めてくれなければ、街にどんな被害が出ていたか解らない。

「……もう一度、街に戻りますか?」

 魔法使いに訊かれて、女騎士ははっと顔を上げる。

「ブルーノさんが異国で結婚したという事情を、ちゃんと確かめなくていいのですか?」

 柔らかな声に、腕の魔物がざわめく。レナロッテは首を振った。

「いや、もういい。何をしても、きっとブルーノは私の元に帰ってこない」

 魔物と化してまで暴れたせいか、レナロッテは吹っ切れたというか、諦めたというか……妙な虚無感の中にいた。
 ノノを殺し掛けたことで、他のことを考える余裕がなかったこともある。
 とにかく、彼女の恋はここで終わってしまったのだ。

「これから、どうしますか?」

 再び訊かれて、レナロッテは上目遣いに考えて、

「もう少し、ここに居ていいか? 行く場所が見つかるまで」

 セニアの街には戻れない。頼む彼女に彼は頷く。

「お好きなだけ。部屋もベッドもありますから。ね、ノノ?」

 師匠に水を向けられ、弟子はぶすっと、

「ボクが反対しても、置いてあげるんでしょ?」

 頬を膨らますノノの頭をフォリウムはくしゃくしゃと撫でた。

「んじゃ、居候はタダ飯食わずに働いてよ。ボク、まだ本調子じゃないから、狩りに行って」

 ノノの言葉に、レナロッテは怯む。

「いや、私は狩りは……」

「そーやって逃げてたって、どーしよーもないでしょ。これからも生きていくつもりなら、魔物を抑えるだけじゃなく、魔物が暴走した時の対処法も覚えなきゃ」

「……そうだな」

 それは正論で、ぐうの音も出ない。

「近くで見てるから、獲物狩ってきなよ。暴走したらお師様に討伐してもらうから」

「……目の前に狩りやすそうな狐がいるが」

「なにそれ、恩人に対して笑えなーい!」

 仲良くケンカしながら、二人が狩りの準備をする。
 すっかり騒がしくなった家に、フォリウムはくすくす笑いながら二人を見送った。
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