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27、祝菓子

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 ペルグラン伯爵領最大の都市セニアは、喧騒に満ちていた。
 行き交う人々、見慣れた街並みに心が踊る。

「ああ、人がいる……!」

 様々な声、音、匂い。しずかな森と違う、五感から一遍に詰め込まれる情報量に脳がパンクしてしまいそうだ。
 でもこれが……レナロッテの『日常』だ。

「で、なんでフード被ってるの?」

 ポンチョのフードを目深に被り、挙動不審になっている女騎士に、薬屋の青年が怪訝な声を出す。

「い、いや、知り合いに会ったら気まずそうで。……私、変じゃないか?」

 久しぶり過ぎて社交スキルが衰えまくった人間に、子狐は呆れて、

「ボクの基準はお師様だからね。レナが変かって訊かれたら、生きてるのが恥ずかしいレベル」

 相変わらず容赦がない。

「最後くらい、優しい言葉が掛けられないのか?」

「最後だから素直に発言してんの」

 ……最初から素直だったくせに。
 このやり取りも、いつか楽しい思い出に変わるのだろうか。
 繁華街を抜け、馬車が四台もすれ違える大通りを南に進んでいく。しばらく歩くと、尖端が槍状になった鉄柵に囲まれた豪奢な屋敷が見えてくる。あれがペルグラン伯爵邸だ。
 見上げると、息が苦しくなるくらい鼓動が早くなる。

 ……帰ってきたんだ!

 ブルーノは外遊から戻ってきているだろうか。突然消えた自分を、皆は心配していただろうか?
 さまざまな感情が入り乱れ、レナロッテは右腕を左手で握った。深呼吸して、心を平常に戻す。

 ……うん、大丈夫。

 高鳴る胸を抑え、一歩一歩近づく。と、門の前に人だかりができているのが見えた。

「あ! お菓子配ってる!」

 目敏いノノが、大人の姿のまま子供のように走っていく。正門の手前では、数人のメイドがナフキンとリボンでラッピングした菓子の包みを、集まってきた近隣住民に手渡していた。これは、祝い事があった時の慣例行事だ。
 遠巻きに眺めるレナロッテとは正反対に、ノノは人だかりを掻き分け我先にと手を伸ばす。

「お菓子ください!」

「はい、どうぞ」

 にこやかなメイドに渡された包みを持って、ノノが戻ってくる。早速開けてみると、中にはピンクと青に色付けされた砂糖菓子が入っていた。レナロッテはその菓子の意味を知っていた。

「これは何のお祝いなの?」

 菓子を配るメイドを振り返ってノノが尋ねると、ペルグラン家の使用人はニコニコと答えた。

「領主様のご子息の結婚のお祝いです」

「誰の?」

 領主の息子は三人。うち、上の二人はすでに結婚している。
 メイドは満面の笑みで、

「三男のブルーノ様です!」

 ピシリ、とレナロッテの足元にヒビが入る音がした。

「外遊先で異国のお姫様と恋に落ち、ご結婚が決まりました!」

「ブルーノ様はそのまま彼の国にお留まりになります!」

「領主様が領民の皆様と喜びを分け合うようにとのことで、お菓子をお配りしています!」

 声を張り上げ、歌うように領主三男の成婚を周知するメイド達。

 ――目の前がくらくなる。

「レ……レナ?」

 オロオロと顔を覗き込んでくるノノに気づかず、レナロッテは肩を震わせる。

「……がう」

「え?」

「違う、そんなことありえない。信じない!」

 弓から放たれた矢のように駆け出したレナロッテは、近くに居たメイドの胸ぐらを掴んだ!

「ブルーノが私以外と結婚なんてありえない! 虚言を吐くな!」

 常軌を逸した力で揺さぶられ、メイドが苦痛に呻く。

「おい、やめろ!」

 突如暴挙に出た彼女に、菓子目当てで集まってきていた住民達が群がり、メイドから引き離そうとする。

「離せ! ブルーノが私を裏切るはずない! こんなのおかしい、間違ってる!」

 泣きじゃくり、暴れる彼女を男が三人がかりで押さえつけ、地面に引き倒す。

「おい誰か、憲兵を呼んでこい!」

 倒れたレナロッテの背中を踏みつけ、住民が怒鳴る。

「レナ!」

 駆け寄ろうとしたノノの目の前で、彼女のフードが外れた。

「いやだいやだいやだ、ブルーノは私と……」

 肩まで伸びた、華やかなオレンジブロンドの髪が頬を彩る。

「あ……!」

 地面から睨みあげてくる青い瞳に、メイドは驚愕した。

「あなた、レ……」

 ――刹那。

 ドンッ!!

 真円を描く衝撃波に、周囲の人間が吹き飛んだ。ビリビリと空気が震える。
 あまりの光景に、誰もが声を失くす。
 円の中心には……。

 木の枝のように広がった五本の紫の触手がうねっていた。
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