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13、女騎士、洗われる
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翌日も、女騎士洗浄大作戦は敢行されていた。
「全身蛭の時もキモかったけど。蛭の胴体に人の頭が載ってるってのも、また別次元の恐怖があるよね」
レナロッテの肩をへちまで擦りながら、ノノがしみじみ言う。
コミュニケーション能力の回復を最優先にした結果、先に頭を覆っていた粘体だけ綺麗に取り除かれたのだ。
彼女だって、この状態は嫌だが……。
「なーんか、バケモノ感マシマシ?」
「うるさい」
毒舌子狐に間髪入れず反論できるようになったのは嬉しい。
「でも、いい傾向ですよ。一度粘液を落とした箇所は次の日にも侵食されてませんし、このままいけば、数日中には全身が粘体から解放されますよ」
フォリウムが彼女の凝り固まった首筋を解すように泡を撫でつけていく。
「……ありがとうございます、フォリウム様」
「私は敬称付きで呼ばれるような身分ではありませんよ。どうぞ呼び捨てで」
畏まる女騎士に、魔法使いは優美に微笑む。
「あ、ボクのことは遠慮なく様付けして敬ってね」
ノノがしれっと会話に加わる。
「……ノノは呼び捨てで十分だ」
「ぷきーっ! お師様、こいつ生意気です。川に投棄ちゃいましょ!」
「なんだか一気に賑やかになりましたねぇ」
ぶっきらぼうな女騎士に、地団駄を踏む狐耳っ子に、マイペースな魔法使い。
閑かな森に穏やかな時間が流れてゆく。
「でもさー、変じゃない?」
不意にノノが疑問を口にする。
「何がです?」
「この前会った、ブルーノって人」
婚約者の名前を出されて、レナロッテははっと息を詰める。
「なんでこいつが森にいるって知ってたんだろ? あんた、地下牢から失踪したことになってんじゃないの?」
「それは……。もしかしたら、私が森に入るところを誰かが見ていたのかもしれない。逃げ出した時は、今より人間の形を留めていたから」
レナロッテはそう推理する。森に逃げ込んだという証言を得て、ブルーノが捜しに来たと。
「うーん、でも……」
「それより」
納得のいかないノノの言葉を、レナロッテが遮った。
「私のことを『こいつ』とか『あんた』とか呼ぶのはやめてくれ。レナロッテという名があるんだ」
女騎士の抗議に、子狐はちょっと考えて、
「じゃあ、レナ」
「何故、勝手に縮める?」
「だって、ボクが『ノノ』だよ? 『レナロッテ』じゃ三字も多くて不公平。だからレナ!」
滅茶苦茶な理屈だった。だが、これ以上言い争うのも不毛なので、彼女は仕方がないと諦める。
「あとね、もっと変なのがさ」
ノノが脱線した話を戻す。
「あの人、軍服着てたじゃん」
「ああ、ノノがそう言ってたな」
「その袖に……」
言いかけた瞬間、
「キャーーー!!」
レナロッテの上げた、木々を揺らすほど悲鳴に、ノノの声は打ち消された。
「ふぉ……フォリウム、ど、どこ触って……!?」
真っ赤になって盥の縁まで後退る彼女に、魔法使いはキョトンと首を傾げる。
「どこって?」
彼が洗おうとしていたのは、彼女の上半身の前面。つまり……。
「勘違いすんな、レナ。お師様に邪な気持ちはないぞ。胸を擦られたくらいでぎゃーぎゃー騒ぐな」
「騒ぐさ!」
呆れた口調のノノを、レナロッテはキッと睨みつける。
「お、乙女の胸を男に触らせるなんて……っ」
「どうせ婚約者に揉み尽くされてるんだろ。今更恥ずかしがることもないよ」
「もみ……!?」
見た目幼児な狐の暴言に、女騎士の声はひっくり返る。
「してない! ブルーノとは、そんなこと……っ」
今度はノノが驚く番だ。
「え? してないの? 一度も??」
「そ、それは……求められたことはあるが……。でも、ブルーノも、結婚までは清い関係でいたいという私の気持ちを汲んでくれて……」
「……忍耐力のある婚約者だね」
可哀想に、とノノは三角耳をピョコピョコ揺らす。
「レナロッテさん、申し訳ありませんでした」
黙って二人のやり取りを見ていたフォリウムが、深々と頭を下げた。
「私の配慮が足りませんでした。貴女が生身の女性であることを忘れて、胸部をただの治療が必要な部位だと認識してしまいました」
魔法使いは誠心誠意謝罪したが、
「……お師様、それ謝ってないです。異性としてまるで興味がないって断言しちゃってます」
ノノの冷静なツッコミに、また狼狽える。
「え? そんなつもりでは……。ええと、レナロッテさんはとても魅力的な方だと思いますよ?」
「いや、もういいです。……私も騒ぎすぎました」
必死で取り繕われると、逆に虚しくなる。
「それでは、こうしましょう。まず、レナロッテさんの両手を自由に動かせるようにして、それから私達に触れられたくない箇所は自分で洗っていただくと」
「……はい。それでいいです」
フォリウムの提案に、レナロッテはこくんと頷く。
「では、私が右手を。ノノ、左手をお願いします」
「はーい」
左右に分かれ、師弟が女騎士の手を泡立てる。
両脇から二人の三助に洗われながら、レナロッテは内心ため息をついた。
(私って、寄生魔物の宿主としか思われてないのか……)
ぼんやり考えてから、ギクリと心臓が跳ねる。
(私にはブルーノがいるのに……)
――どうしてちょっぴりガッカリした気分になったんだろう?
「全身蛭の時もキモかったけど。蛭の胴体に人の頭が載ってるってのも、また別次元の恐怖があるよね」
レナロッテの肩をへちまで擦りながら、ノノがしみじみ言う。
コミュニケーション能力の回復を最優先にした結果、先に頭を覆っていた粘体だけ綺麗に取り除かれたのだ。
彼女だって、この状態は嫌だが……。
「なーんか、バケモノ感マシマシ?」
「うるさい」
毒舌子狐に間髪入れず反論できるようになったのは嬉しい。
「でも、いい傾向ですよ。一度粘液を落とした箇所は次の日にも侵食されてませんし、このままいけば、数日中には全身が粘体から解放されますよ」
フォリウムが彼女の凝り固まった首筋を解すように泡を撫でつけていく。
「……ありがとうございます、フォリウム様」
「私は敬称付きで呼ばれるような身分ではありませんよ。どうぞ呼び捨てで」
畏まる女騎士に、魔法使いは優美に微笑む。
「あ、ボクのことは遠慮なく様付けして敬ってね」
ノノがしれっと会話に加わる。
「……ノノは呼び捨てで十分だ」
「ぷきーっ! お師様、こいつ生意気です。川に投棄ちゃいましょ!」
「なんだか一気に賑やかになりましたねぇ」
ぶっきらぼうな女騎士に、地団駄を踏む狐耳っ子に、マイペースな魔法使い。
閑かな森に穏やかな時間が流れてゆく。
「でもさー、変じゃない?」
不意にノノが疑問を口にする。
「何がです?」
「この前会った、ブルーノって人」
婚約者の名前を出されて、レナロッテははっと息を詰める。
「なんでこいつが森にいるって知ってたんだろ? あんた、地下牢から失踪したことになってんじゃないの?」
「それは……。もしかしたら、私が森に入るところを誰かが見ていたのかもしれない。逃げ出した時は、今より人間の形を留めていたから」
レナロッテはそう推理する。森に逃げ込んだという証言を得て、ブルーノが捜しに来たと。
「うーん、でも……」
「それより」
納得のいかないノノの言葉を、レナロッテが遮った。
「私のことを『こいつ』とか『あんた』とか呼ぶのはやめてくれ。レナロッテという名があるんだ」
女騎士の抗議に、子狐はちょっと考えて、
「じゃあ、レナ」
「何故、勝手に縮める?」
「だって、ボクが『ノノ』だよ? 『レナロッテ』じゃ三字も多くて不公平。だからレナ!」
滅茶苦茶な理屈だった。だが、これ以上言い争うのも不毛なので、彼女は仕方がないと諦める。
「あとね、もっと変なのがさ」
ノノが脱線した話を戻す。
「あの人、軍服着てたじゃん」
「ああ、ノノがそう言ってたな」
「その袖に……」
言いかけた瞬間、
「キャーーー!!」
レナロッテの上げた、木々を揺らすほど悲鳴に、ノノの声は打ち消された。
「ふぉ……フォリウム、ど、どこ触って……!?」
真っ赤になって盥の縁まで後退る彼女に、魔法使いはキョトンと首を傾げる。
「どこって?」
彼が洗おうとしていたのは、彼女の上半身の前面。つまり……。
「勘違いすんな、レナ。お師様に邪な気持ちはないぞ。胸を擦られたくらいでぎゃーぎゃー騒ぐな」
「騒ぐさ!」
呆れた口調のノノを、レナロッテはキッと睨みつける。
「お、乙女の胸を男に触らせるなんて……っ」
「どうせ婚約者に揉み尽くされてるんだろ。今更恥ずかしがることもないよ」
「もみ……!?」
見た目幼児な狐の暴言に、女騎士の声はひっくり返る。
「してない! ブルーノとは、そんなこと……っ」
今度はノノが驚く番だ。
「え? してないの? 一度も??」
「そ、それは……求められたことはあるが……。でも、ブルーノも、結婚までは清い関係でいたいという私の気持ちを汲んでくれて……」
「……忍耐力のある婚約者だね」
可哀想に、とノノは三角耳をピョコピョコ揺らす。
「レナロッテさん、申し訳ありませんでした」
黙って二人のやり取りを見ていたフォリウムが、深々と頭を下げた。
「私の配慮が足りませんでした。貴女が生身の女性であることを忘れて、胸部をただの治療が必要な部位だと認識してしまいました」
魔法使いは誠心誠意謝罪したが、
「……お師様、それ謝ってないです。異性としてまるで興味がないって断言しちゃってます」
ノノの冷静なツッコミに、また狼狽える。
「え? そんなつもりでは……。ええと、レナロッテさんはとても魅力的な方だと思いますよ?」
「いや、もういいです。……私も騒ぎすぎました」
必死で取り繕われると、逆に虚しくなる。
「それでは、こうしましょう。まず、レナロッテさんの両手を自由に動かせるようにして、それから私達に触れられたくない箇所は自分で洗っていただくと」
「……はい。それでいいです」
フォリウムの提案に、レナロッテはこくんと頷く。
「では、私が右手を。ノノ、左手をお願いします」
「はーい」
左右に分かれ、師弟が女騎士の手を泡立てる。
両脇から二人の三助に洗われながら、レナロッテは内心ため息をついた。
(私って、寄生魔物の宿主としか思われてないのか……)
ぼんやり考えてから、ギクリと心臓が跳ねる。
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