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夢を追うもの笑うもの14

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 今日の気功の練習も終えてもうすぐ夕飯の時間となるのだが、千尋と純はまだ帰宅していない。

 念話では最終便で地元へと戻ってくるという話しだったので今日の夕飯の席には千尋と純は居ない。

「何か食べて帰って来るって言ってたけど……何食べるんだろう。やっぱり洒落た物でも食うのかな……」

 大都会といえば洒落た食べ物という偏見は入っているが、実際の所どうなのだろうか。

「純はともかく千尋には向こうの食べ物は合わないだろうな……九州大好き系の味覚してるからなぁ……千尋は」

 味付けの違いや調味料の違いは慣れていないとどうしても気になってしまうものだ。

 地域毎の味の違いは大きく二つに分けるとしたら関東系と関西系だろうか、九州は一応関西系の区分ではあるが、細かく区分するならば関西系ともまた少し違う。

「千尋達が何を食べるかにもよるけど、甘くない醤油には慣れないだろうなぁ」


 うちの地元の醤油は甘い。

 普段甘くない醤油を使っている地域の人からすれば意味が分からないかもしれないが、うちの地元では甘い醤油というのがスタンダードだ。

 特にお刺身やお寿司なんかの千尋が大好きな魚介糸との相性は抜群だと思うし、お刺身とお寿司を食べる時に甘くない醤油だった時はがっかりしてしまったりもする。

 地元の人がやっている飲食店であれば問題は無いお店が多いのだが、全国展開しているチェーン店だと大抵が甘くない醤油なのでどうしても口には合わないと感じてしまう。

 習慣や風習というのは味覚に直結している事が多いので、うちの地元では全国展開しているチェーン店はあまり流行らないのが常だ。

「千尋の事だからお刺身かお寿司を食べてると思うんだけど……大丈夫かな……九州系の味覚だと関東の味付けはしょっぱいとしか感じない事も多いからな……」

 普段我が家で食べているご飯が美味しすぎて俺の中では外食という文化が廃れつつある。

 やはり食べ慣れた味付けが一番美味しい。

 醤油は甘く、ラーメンは豚骨が至高なのだから。


 ☆ ☆ ☆


 夕食を終えて最近の日課であるアニメ鑑賞をしていると千尋と純が我が家へと帰ってきたので、一時停止してベルと英美里も一緒に、出張で疲れているだろうお嫁ーずを出迎えるべく玄関へと三人で向かう。

「ただいま……ふぅ」
「ま!」

「おかえり、お疲れ様」
「おかえりなさいませ」
「おかえり!お土産下さい!」

 若干お疲れ気味の千尋とは対照的に純は相変わらず元気な様子だ。

「疲れてるみたいだけど、運転きつかったのか?」

「いや、運転自体は1時間もしていないからな、然程疲れるものでは無いさ。ただなぁ……」

 とりあえずの形で居間へと向かうと英美里がお茶の用意をしてくれている。

「まぁ報告がてら少し落ち着こうぜ……それで何が問題でもあったのか?」

 居間で寛ぎながら話を聞く態勢を整える。

「PCHとの話し合いは上手くいったと思う。作戦通り、主に純が話の主導権を握ってくれたからな。ダンジョンについての情報とダンジョン攻略者だけが得られるG-SHOPについて、それから加護の事も流したい情報は純が全て伝えてくれた……」

 千尋の報告を聞く限りでは今回のPCHとの会談は上手くいったのだろう。

「だが……PCHの戦力が私達の想定よりも遥かに下回っている事が今後の不安材料になりそうだぞ……レベルも練度も何もかもが足りていない」

「それは馬場を見た感想か?」

「PCHの加護持ち全員だよ!」

 ベルにお土産を渡して餌付けしていた純が会話に混ざる。

「全員に会ったのか?」

「うん!一応ね!ちょっとというか、かなり弱い!実践訓練を千尋ちゃんがやってあげたけど、あの様子だとゴブリン2匹でもギリギリなんじゃないかな?3匹居たら確実に死ぬね!」

「さて、報告の続きは純に任せるよ。私は少し疲れた……風呂に入ってそのまま休ませてもらう」

 千尋はかなり疲れているようで、ここからは純が報告の続きをしてくれる事になった。

「おう!お疲れ!ゆっくり寝ろよ!」
「おやすみ!」

 千尋が風呂に向かうのを見送る。

「拓美君、今後PCHとは関わらない方が良いかもしれない」

 急に真面目な顔で語る純。

「どういう事だ?」

「あの組織はもう駄目、内側が腐ってる。足を引っ張られるぐらいなら関わらない方がまだましって事だよ」

 腐っているとはどういう事なのか。
 純が関わらない方がまだましと言うのであれば実際そうなのだろうが、この先の展開を考えるのであれば俺達の冒険者協会以外にも大きな組織や団体は必要だ。

 それも民間団体では無く国営の。

「腐ってるってのは具体的にどういう事だ?」

「利権問題、資源問題、情報の隠匿秘匿……それと一番問題なのが、人体実験だよ」

 人体実験とは中々に穏やかでは無いワードが出てきた。

「人体実験だと?」

「うん。主に若い子をターゲットにしてる。多少の犠牲は仕方無いってのが向こうの言い分みたいだけどね……もう何人かの人が末報告ダンジョンで行方不明になってて怪我人も沢山出てる……中には後遺症を負った人も居るみたいね」

「安相さんと馬場も関わってるのか?」

「関わってるのは一部の研究者と研究施設ね……安相さんと馬場君は止めようと動いてるみたいだけど、上手くいかないみたい……それで冒険者協会に助力を乞いたいそうだよ」

 助力と言っても国のトップが止められないものを俺達で止められるとは到底思えない。

「そうか、それで冒険者協会に入りたいって話になったのか……」

「うん」

 PCHという組織の内側からでは狂った研究者達の蛮行を止める事が出来ないと判断して、ダンジョン関連で最も注目されている外部組織である冒険者協会に泣きついて来たって所だろう。

「それで、人体実験ってのは具体的に何をやってるんだ?」

「ダンジョンに居るモンスターを倒して上がるレベルについて、モンスターに有効な武器の開発と実験、加護持ちと加護無しの人との比較、資源調査、これが今分かってる事だけど……他にも色々とやってるっぽいよ」

 言葉を聞いただけならばどこが人体実験なのかと思うかもしれないが、これらの事を研究する為に必要な場所とモノを考えると異常な事だというのが分かると思う。

 まず、何を研究するにしてもダンジョンが必要となる。

 レベルアップにはモンスターと人が必要。

 武器開発にも開発者と使用者とモンスターが必要であり、武器そのものも無くてはならない。

 加護持ちと加護無しの人。

 資源を調査する人、ダンジョン。
























 これら全てが俺達以外の誰も攻略した事の無いダンジョンを使っている。
 モンスターを倒すにしろ、武器の効果を試すにしろ、常に命を失う危険と隣合わせだ。
 それにレベルについての研究を行っているのであれば、レベルの低い人が研究対象に含まれているのは明白だ。
 育っていないダンジョンで得られる資源はモンスターを討伐した際に残るドロップ品ぐらいしか無い。

「……ここまでの研究をするには明らかに戦力が不足してる」

「そう。だから人体実験なんだよ……若者をお金で釣って集めて利用して。こんな研究に加担してる連中は控えめに言ってもゴミ屑以下の無能共だね!」

「禿同」


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