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英雄も事件が無ければただの人16

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 遂にこの時が来た。
 我らが英雄千尋がダンジョンを攻略する時が。
 ここに至るまで長いようで短かった、千尋を怠惰ダンジョンに陣営に引っ張り込んで婚約もした。
 今までの人生で一番の激動の日々だろう、俺の周りの人達は。俺自身が何かを成してきたかと問われれば何も成してはいない。俺は最初に外出して以降、怠惰ダンジョンから外へ出なかっただけだ。




「ベル、この先が株分けしたダンジョンなのか?」
「はい!マスター!ここから先はもう私達の<怠惰ダンジョン>とは別のダンジョンに成っています!ですのでマスターには念の為、アバターでこの株分けダンジョンに入ってもらいます!本当ならマスターには入って欲しくは無いんですけど、ちーちゃんの初体験ですからね!特別に許可します!」

「はいはい、ありがとうね」



 現在我々は<怠惰ダンジョン>の山の端に当たる部分に新しく作られた株分けダンジョンの洞窟前まで来ていた。
 メンバーは俺、ベル、純、英美里、主役の千尋。
 ダンジョン攻略の定義は定かでは無いが、コアルームにあるダンジョンコアに触れるというのが条件だと思われる。

「皆、ありがとう。このダンジョン攻略の方法が上手くいけば外部のダンジョンを攻略する事が可能になる。そうなれば私はこの怠惰ダンジョンで過ごす時間も減る事になるだろうが、冒険者協会が世間に認知されて後進が育てば今みたいに共に時間を過ごす事も出来る。少し寂しいが残された期間は有意義な時間にしたいと思う」

 神妙な顔つきで俺達に感謝の言葉を紡ぐ千尋。
 千尋は千尋で色々と思う事があるのだろう。
 英雄になるという重圧、怠惰ダンジョンから離れて他のダンジョンを攻略するという不安、冒険者協会という大きな団体を引っ張って行かなければならない責任。
 俺は千尋にしか出来ない事だと思う。
 千尋の担う英雄というポジションは誰でもが担えるものではない。資質、才覚、容姿、年齢、性別、経歴、千尋が今まで生きてきたその足跡があってこそのものだ。
 その足跡に俺が偶々居ただけ。
 俺が居なくても千尋なら何れは英雄に成れていたと思う。俺が千尋にしてやれた事は、少しだけその時間を短縮したに過ぎない。


「千尋ちゃん、例えこの先忙しくなって外で過ごす時間が増えたとしても<怠惰ダンジョン>が私達の帰るべき場所で、家族が居る場所だからね!それにここには頼れる旦那様と沢山の家族が居る!私達が帰る場所を守ってくれる!だから私達は安心して出稼ぎに行けるんだよ!ニートの旦那を養うのは私達なんだから!」

「そうだな……私の家はここだからな」

 何かとても良い感じにお嫁ーずが盛り上がっているのだが、そんなに長期で家を離れる事は無いと俺は思うのだ。
 今や千尋は本気を出せば車にも並走出来る程の脚力を有しているし、スタミナも底が見えない。
 現段階でこれなのだから、将来的には新幹線並みの速度で走れるんじゃないかと思う。
 

「それより、今回は株分けダンジョン攻略の第一回目だから色々と検証出来る事はして行きたいんだよ」

 盛り上がるお嫁ーずを放っておいて今回の貴重な機会に試しておきたい事の説明を改めてする。

「何個か試したい事はあるけど……今回は複数人がコアルームに居る状態で一人がダンジョンコアに触れた場合どうなるか。これを試したい、後はダンジョンコアに同時に触れた場合で試したいんだけど……これはどうなるか分からないからな……純が無事にダンジョン攻略した後で他の検証と一緒にやる予定だな」

 俺の時はコアルームには俺しか居らず、ダンジョン攻略者の条件が掴みきれていない。コアルームに居る者も攻略者に含まれるのであればこの先とても楽になる。だがダンジョンコアに触れた者だけが対象ならば想定していた通りダンジョン攻略者自体の数を増やすのは時間が掛かる。


「じゃあ行くか。念の為、先頭は千尋でコアルームに一番最初に入ってくれ」
 
 各々が軽く頷き、理解を示してくれた。

「では、行くぞ」
 千尋が株分けダンジョンへと足を踏み入れた。
 俺達もその後に続いて行く。

 明かりも無いのに何故か周囲が見える不思議な洞窟。
 洞窟の先へ歩いて行けば、俺が最初に訪れた時に見た物と似た扉があった。

「ここがコアルームの入り口……じゃあ私から入るぞ」

 千尋が扉を開き真っ白なコアルームへと入って行った。
 その後を皆で追いかけていく。
 部屋の中心には台座とダンジョンコア。
 その側には我らが英雄が待機している。

「皆揃ってる?」

 千尋が急かすように確認してきた。何だかんだ楽しみにしていたようで、何よりだ。

「全員揃ってるよ」

 そう伝えると緊張なのか何なのか、神妙な顔でダンジョンコアへと手を伸ばす。

「……レリーズ!」
 
 ダンジョンコアに触れる瞬間、千尋が叫んだ。
 懐かしいその掛け声と共にダンジョンコアが弾けた、弾けた破片はそのまま千尋の体に吸い込まれるように消えていった。

 俺の時はここで例の声がしたのだが、今回は何も聞こえてこない。

「どうだ?」
 千尋へと確認する。

「ステータス……おぉ!これが噂のG-SHOP!」

 どうやら無事にダンジョン攻略者の恩恵を授かったようだ。
 自分のステータスを見るのに夢中な千尋を放置して、純にも声を掛けようと純の方を見るが、必要無かったみたいだ。
 首を横に振って、否定の合図。
 どうやらダンジョン攻略者にはダンジョンコアに直接触れないと成れないという事がこれで分かった。

「駄目か……まぁ仕方ない、想定の範囲内だ」
 これは当初の想定通りなので今後の予定にも変化は無い。

「後は、同時に触れた時だね!」
「そうだな」

 俺達は嬉しさのあまり顔がだらしなくなっている千尋を眺めながら今後の予定について話し合う。

「ベル、次の株分け予定は?」

「はい!マスター!次は……早ければ明後日、遅くとも三日以内には出来ますね!現在はスライムのドロップを全てDPに変換しているので!」

「ありがとう。って事だから、純も少しだけ待っててくれな」

「りょーかい!」


 いつまでもステータス画面を嬉しそうに確認している千尋に声を掛けて、一旦家に帰る。

「じゃあ……千尋、続きは家でゆっくりやろうな?」
「かしこまっ!」
「テンション高いな……」


 ☆ ☆ ☆


 家へと戻って、千尋がG-SHOPを確認するのを待った。


「ふむ……」
 さっきまで機嫌が良かった千尋だが、眉間に皺を寄せて怪訝な顔をしだした。

「どうした?」
「実はな……アバター関連のスキルがG-SHOPに無いんだ」

「ま?」

「ま!」

 これは想定外だった。
 というよりも、当初の目標はアバターだったのでアバター関連のスキルが無いというのは非常にまずい。

「私が取得出来るスキルというのはまこちゃんから聞いていたよりも多いんだけど……アバター関連は何も無いんだ。けど<ダンジョン用 剣精召喚>と<剣精操作>というスキルを私は取得出来るみたいだ……」

「なるほどな……」


 俺には無い<ダンジョン用 剣精召喚>と<剣精操作>というスキル。
 俺の<ダンジョン用アバター生成>と<アバター操作>に酷似したスキル名。
 ダンジョン用というダンジョン限定のスキルというのは今までアバター関連しか俺は知らない。
 まだ仮設の域を出ないが<神の加護>によって取得出来るスキルに差があるのかもしれない。
























「アバター使えないなら、ダンジョン攻略はやらせないからな!全部俺がアバターで攻略してやる!」
「…………」
 冷ややかなお嫁-ずの視線が辛い。





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