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小さな発見は大きな事件6

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 職人の朝は早い。
 まずは洗面所で顔を洗い、さっぱりさせて眠気も吹き飛ばす。
 そしてそのまま着替えを行う、寝間着から戦闘服(ジャージ)に着替えて今日という一日に備える。
 新人が増え、新人の教育が今日の主な仕事だ。
 朝の食事はしっかりと摂る、朝食を食べないと一日のパフォーマンスは低下し効率が下がるのだ。
 朝食は美人で可愛いメイドが用意してくれる。
 今日のメニューは焼き鮭、味噌汁、冷奴、納豆、出し巻き卵、ほかほかつやつや粒立ち白米である。
 相変わらず美味い、このメイドを雇う事が出来て幸せだ。
 ちなみに食事は全員で摂る、同僚、メイド、新人、食卓を一緒に囲む事でより美味しい食事となり連帯感や結束力の向上も図れるからだ。
 朝食の後はコーヒーブレイクタイムだ、この時間が不要だと感じる方も居るかもしれない、だがそれは誤りだ。
 この時間は自身の体調を整えたりモチベーションの向上効果もある、このリラックスした状態でミーティングを行う。

 ミーティングはとても重要な仕事だ、しっかりとこなすには相当な精神力を使う、だがコーヒーブレイクタイムに行う事で、皆が緊張せず、リラックスした状態で自分の意見を発信出来るのだ。
 一見無駄な時間も効率良く仕事する為の重要な時間なのだ。


 ☆ ☆ ☆


 早く鍛錬をしに行こうとぶつぶつと文句を垂れながらもきっちりコーヒーまで堪能した新人のレベル上げへと向かう。

「朝食を食べる前に一汗流す方が良いと思うんだが……」
「えぇ無理。朝ご飯食べてからじゃないと動く気起きないでしょ」
「まぁ郷に入れば郷に従えとも言うからな、私がとやかく言う事では無いが私も習慣だからな落ち着かんのだ」
「真面目過ぎると疲れるよ?もっと楽に行こうよ」
 軽口を叩きあいながら、スポナーのある地下広場へと到着した。

「どうする?まずは手本見せるとして、午前中はローテーションで回してから午後は千尋を重点的にやっていく?」
 ちーちゃん最強計画成就の為に千尋のレベル上げが最優先事項なのは間違いない。

「そうですね、それで良いかと」
 英美里にも了解を得られたので今日はこの予定で動いていく事にした。
 
「マスター!エルフルズももうすぐ到着しますよ!」
「わかった、とりあえず始めるか!」
「ではまず私がお手本をお見せしますので下がっていてください」
「お願いします!」
 多少緊張しながらも英美里の手本を見逃さないように注視している千尋だが、あんまり参考にはならないと思う。

「では!……どうですか?わかりましたか?」
 目をぱちぱちと瞬き、きょとんとした顔で英美里を見つめる千尋、アホっぽくて可愛いぞ。
「えーと、全く見えなかったんだが……見えた?」
 俺の方へと振り向きながら問うてくる、勿論ノーだ。
 ゆっくりと首を横に振る事で意思を伝える。
「……」
 なんとも言えない表情の千尋、言いたい事はあるが言っても良いのか考えているのだろう。
 しばらくそのアンニュイな顔を見ていたいが可哀そうなので助け舟を出す。

「英美里、早過ぎて手本になって無いぞ!俺が一度手本を見せるから弱い奴を出してくれ!」

 言いながらベルから槍を出して貰って構える。
 槍はリーダーが俺の為に作成していたようで、ベルが預かってくれていた。
 総ミスリル制の軽くて扱いやすい槍だ、攻撃力も木製と比較すれば段違いらしい。

「では!どうぞ!」
 英美里がスポナーに触れるとブルースライムが生成された。

「ふっ!」

 軽く息を吐きながら槍を払う、穂先が核に命中した瞬間スライムは消えていった。

「こんな感じ、簡単だろ?核を壊さないと倒せないから、しっかり核を狙うんだ」

 千尋の方へ振り返りながら軽くレクチャーする。
「なるほど……これなら私でも出来そうだ!……ところでまこちゃんは何故槍なんだ?刀とか剣じゃ無いのか?多少の心得はあるだろう?」

 当然の疑問だろう、小さい頃は同門だったのだから。
「いや、別になんでも良いんだけど槍の方がリーチあるから安全かなと思って」
 理由なんてそんなものだ、別に剣が使いたく無いとかではない、安全を考慮して槍を選んだだけなのだ。

「そうか……」
 俺が剣の道を諦めた事でも思い出したのか、少し寂しそうな顔をしていた。
 偶に剣の練習もやろうかな。

「まぁ、とにかく一度やってみよう!英美里頼む!」
「はい!ではいきます!」

 千尋が慌てて持参していた木刀を下段に構えた、現代剣道ではあまり見る機会の無い構えだが千尋のその姿はとても美しく見ている者を魅了する何か色気のようなものすら感じられる、惜しむらくは剣道着では無くジャージ姿な事だけであろうか。

 レッドスライムが生成されると出方を伺うように相手を見据える、だがレッドスライムはその場でプルプルと震えるだけである。
 10秒ほど見据えるが脅威は無いと判断したようだった。

「ふっ」

 浅く息を吐きながら踏み込んで突きを放った、背の低い敵に対しての経験は少ない筈だが綺麗に核を一突きしてスライムの討伐を終えた。

「流石だな!一発でしかも突きで仕留めるなんて!」
 美しいものを見る事が出来た喜びからか興奮しながら称賛した。
「ありがとう。人では無い者を攻撃する事に慣れていかねばな……これからもっともっと楽しくなりそうだ!」

 見る人によっては恐怖を感じそうな程綺麗に彼女は笑った。
 千尋の真の才能が開花する予感がした。


 ☆ ☆ ☆


「じゃあ一旦飯にしよう!」

 午前の鍛錬も終わり、一度家に帰る。
 エルフルズもツリーハウスへと帰った。

「ベルはレベル上げしなくて良いのか?」
「いいえ、マスター。私は私でレベルを上げてますから大丈夫ですよ!英美里にも負けてませんからね!今の所私が最強です!」
「そうですね、ベル様には勝てる気がしません。私はどちらかと言えば戦闘は得意な種族ではありませんから」

 衝撃の事実が発覚した<怠惰ダンジョン>最強は英美里だと思っていたがベルの方が強いらしい。
 というかあの強さで戦闘は得意では無いという英美里にも驚きだが。

「ソウナンデスネ!……ベルが最弱だと思ってたのに」
 ベルに裏切られた気分だ、だが俺よりも強い人が俺を守ってくれているという事実はこの世界では頼もしい限りだ。


 英美里が昼食を用意してくれた、今日は千尋のリクエストで、とり天定食だ。

「ナイスチョイス!千尋!好きだ!愛してる!」
 何を隠そうとり天は俺の鳥料理ランキング堂々の1位の大好物だ、サクサク系の衣を纏った魅惑の一品、もはや宝石と同価値といっても過言では無い。
 カボス醤油に芥子を軽く混ぜてとり天のサクサクが台無しになると思われるぐらいカボス醤油を染み込ませる、そして齧り付く。
 美味すぎる。
 カボス醤油を吸っても尚失われないサクサク食感、ダシの効いた甘い醤油とカボスの完璧な旋律、そこにアクセントとして時折混ざってくる芥子のパーカッション、全てが調和された最高の一品。
 無言で食べ進める、白米が一瞬で消えていく。
 消えた傍から無言で差し出される白米、英美里の無言の援護も手伝ってかいつもの2倍は食べただろう。
 もしかして宇宙一美味いんじゃないか、とり天。

 腹もパンパンに膨れ、全く動けない。
「食べ過ぎた……美味しかった!マジで!最高!毎日とり天で良いな!」
 マジで毎日食べれる。

「お粗末様でした、片付けますね!」
 いつも通り片付けを始める英美里を申し訳無さそうに見つめる千尋が念話を掛けてきた。

『なぁ、本当に手伝わなくて良いのか?』
 まぁ気にはなるだろうが、こればっかりは英美里の意思を尊重している。
 予め千尋には説明して手伝いをしないで良いとは伝えてはいたが、昨日も今日もご飯を作って貰って何もしないというのは千尋的にも心苦しいのだろう。
『うーん、英美里が手伝うなって言ってるんだから良いんじゃないの?』
『だがなぁ、ここまでして貰って片付けの一つもしないというのはなぁ』
『じゃあ英美里に聞いてみれば?手伝うよってさ、怒られると思うけど』
 俺は一度怒られている。
『一度聞いてみるよ!』

「英美里!私も手伝うよ!」

「ふざけるな!」
 英美里が烈火の如く怒っていた。
 千尋的には善意からの言葉ではあるが英美里からすれば仕事を奪う敵でしか無い。
「私の仕事を奪うつもりですね!」

 怒鳴られオロオロするアラサー剣道女子。
 不謹慎かもしれないが小動物みたいで可愛い。
 ここは傍観一択。

「い、いあそにょ、そんなつもりはなくて……」
 噛んだ、可愛い。
 こっちをちらちら見てくる可愛い。

「では、どういうおつもりでしょうか?」
「なんというか……ごめんなさい!もう手伝うなんて言いません!」
「そですね、そうして頂けると嬉しいです!」
 方や満面の笑顔、方や顔面蒼白。
 勝敗は言うまでも無いだろう。
 だから止めたのに。

 何事も無かったかのように食器を片付ける英美里。
 放心状態で座り込む千尋。
 我関せずな俺。
 未だ食べ続けているフードファイターのベル。

 幸せだな。

『なんでもっと止めないのよ!馬鹿!アホ!』
 意識を取り戻したのか、涙目で睨んでくるアラサー剣道女子。
『いや、止めたじゃん?』
『あんなに怒るとは思って無かった!ちゃんと言ってよ!絶対駄目だって止めなさいよ!っていうか助けてよ!本当に怖かった……殺されかと思ったんだから』

 なにこの理不尽、可愛い。
 こんな情けない千尋を見れて眼福です!

『俺の時は怒鳴られたりしなかったからなぁ……まぁこれで分かっただろ?英美里に家事の手伝いは不要ってこと、プロとしてプライド持ってやってるんだよきっと』

 まだ何か言いたそうだが、ため息を吐いてしょんぼりしていた。

「コーヒーをお持ちしました!」
 英美里が食後のコーヒーを入れてくれた。
 ベルももうすぐ食べ終わりそうなのでベルの所にもコーヒーを置いて、英美里も席に着き一緒にコーヒータイムを満喫する。

 世界はどうでも良いけどコーヒーを楽しむ時間が害されるのは許せないなと、どうでも良い事を考えながら昼は終わりを迎えた。


 ☆ ☆ ☆


「では、午後の鍛錬へ行ってくる!お願いします英美里さん!」
「では、行って参りますご主人様!」
 二人を見送り、ベルと二人っきりになった。

「ベルは午後からは仕事しないのか?」
「……?いえ、マスター。私は常に仕事はしていますが……」

 心底不思議そうに小首を傾げながらこちらを見つめるベル。
「いや、何もしてないよね?」
「あー……いいえマスター」
 諭すような自愛に満ちた表情で否定された。
「私は本体で常に仕事してますのでご安心ください、この体は謂わば気分転換で操作している感じでしょうか?マスターがアバターで楽しむのと同じかと」

「ん?どういうこと?本体と同時にこの体を操作してるって事?」
「はい!マスター!本体は基本、眠る事も無いので基本的には常に何かして、DPを増やしていますよ?」

 ベルも俺と同じだと思っていたのに。
 裏切られた気分だ。
「どうやってんの?同時に動くなんて無理じゃない?俺も本体とアバター同時に操作したいからコツとかあったら教えてよ!」
「……私は出来るので何とも言えませんが、何かよさそうなスキルが無いか調べておきますね!」
「ありがとう!」

 それはそれとして、不眠不休の24時間ワンオペ体制とは恐れ入る。
 にしても<怠惰ダンジョン>なのに皆勤勉だな、英美里も家事は全て一人でこなしてしまうスーパーメイドだし、千尋は千尋で初日なのに午後はもっと強いスライムを相手にレベル上げと英美里との実践訓練、エルフとの魔法訓練もやると息巻いていた。














「俺以外ワーカーホリックじゃねーか!働き方改革どこいった!」
 こころの叫びを吐露して労基に訴えられたら終わりだなと意味も無い事を考えながら部屋へと帰る、ネトゲをするために。


 
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