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世界が変わっても人間そんなに変わらない6
しおりを挟む畑から家に戻る道中特に何事も無く家まで辿り着いた。
「ただいま」
「おかえりなさいませ!ご主人様!」
本日2度目のおかえりなさい、今回は予想していたこともあり驚くことも無かったが嬉しい事には変わりない。
「このやりとりが定番化していくと思うと家に帰ってくるだけで幸せな気分になれそうだよ、ありがとう英美里」
小さなことでも感謝の気持ちを伝える。
「私も幸せです!ありがとうございます!」
ほんのちょっとした事が幸せだと感じられる、世界が変わろうともそれだけで生きていけそうな気がした。
玄関で靴を脱いで風呂に入ろうと風呂場へと向かう、外へ出て散歩したおかげもあって少し汗も掻いているので一度さっぱりしようと思ったのだ、エルフの家に行くから昼間から風呂に入りたい訳では無い、例えそうであったとしてもそこに他意は無くマナーやエチケットを考えての行動でしか無い、ホントだよ。
誰に言い訳するでもなく心の内で多少の期待を抱きつつも脱衣所へと足を踏み入れる。
「ご主人様こんな時間からお風呂ですか?」
何故か少し棘のあるトーンで背後から語り掛けてくるメイドに薄ら寒いものを感じながらも振り向きざまに用意していた言い訳を口にする。
「いやなに、散歩して少し汗を掻いたし、今日はちょっとだけ暑いだろ?春の陽気でさ、もうほんと春真っ盛りだからさ、ちょっと風呂に入ってさっぱりしようかって!そんな気分なんだよ、ほら俺結構暑がりだから!それに畑に行っただろ?服も少し埃っぽいし丁度いいじゃん!後ほら、家には英美里も居るんだしやっぱり小奇麗にしとかないとさ、英美里にも失礼だろ?だったらやっぱり外から帰ってきたら風呂に入らないと駄目じゃん?って事だから風呂に入るよ!じゃあまた後でな!」
早口でペラペラと良く喋る口、こんなにも饒舌だったのかと感心してしまう程に淀みなく言葉が溢れてくる。
「そうですか!それは良いお考えですね!……メイドとしてご主人様のパソコンの電子書籍の中身は拝見させて頂いておりますので努々お忘れなきよう。それとくれぐれも良くお考えになられてから行動されてください、物事には順序というものがありますので」
そう言うと英美里は影の中へと消えて行った。
最近のメイドは電子書籍も確認するんだなと恐怖を感じながら、勝手に見るなとも言えない自分が居た。
実際そんな事が言える空気では無かったし顔は笑ってはいたが目の奥が笑っていなかったのだ、英美里の綺麗な赤い瞳に初めて恐怖を感じた。
物事には順序があるのだと、ちゃんと考えて行動するんだと英美里は言ったここで物語の主人公ならどういう考えになってどういう行動を取るのかなと少し考える。
いわゆる鈍感系と分類される主人公であれば「なんだったんだ?」と首でも傾げながら何も考えずに風呂にでも入るだろうか、はたまた感の良い主人公であれば「わかってるよ……」と呟いて少し物思いに耽りながらも風呂に浸かり何かを考えるのだろうか、だが俺だったらどうする?
☆ ☆ ☆
シャワーを使って体と頭を洗ってから、髭を剃って眉毛軽く整える、風呂に入った時のルーティーンをこなす間に両足を伸ばそうとすれば多少はみ出す程度の大きさの湯船にぬるめのお湯を張っていく、お湯がある程度貯まったのでゆっくりと肩まで浸かり疲れと汚れを落としていく、気持ち良さからか言葉がつらつらと呟くように勝手に溢れてくる。
「風呂気持ち良ぃ……最高ぉ……今日はエルフの家にお邪魔をさせてもらう予定だし、最高の一日になりそうだ!ワンチャンあるかも知れんしな!本当の意味でファミリーになっちまうかも知れんなぁ!向こうから誘われれば断る訳にもいかんよな男として!なんといっても<怠惰ダンジョン>のマスターは俺だし!マジであるぞ!久々に香水も振って、一番洒落た服に着替えて手土産に何か甘いものとお酒を少々持参すれば完璧じゃないか!生きてて良かったぁ!」
物語の主人公であればどういう考えでどういう事をするのかなんとなく答えがわかったような気がした。
長湯したせいか多少頭がふわふわとしながら風呂場を出る、俺が生まれた頃からある壁掛けの古い扇風機の風に当たりながら火照った体を冷ましていく。
「あぁ気持ち良かったぁ……にしても長湯し過ぎたかな、眠気がやばい……」
アイテムボックスからよれよれの大分くたびれた安物のスウェットを取り出して着る。
「駄目だ眠い……ベルから連絡入るまで一旦仮眠しよう」
風呂に入った気持ち良さと普段からの睡眠不足も重なって強力な睡魔に襲われる、瞼が半分も開いてない状態で脱衣所を後にして自室へと歩いて行く道中、英美里を見かけ声を掛ける。
「ごめん眠い寝る、後で起こしてくれ……」
「かしこまりました」
丁寧なお辞儀で見送る英美里の脇を通って部屋に入るやいなや布団にダイブする。
ふと顔を横に向ければ英美里が部屋の中へと入ってくるのが見えたが、まぁいいかとそのまま瞼を閉じる。
「おやすみなさい、ご主人様」
布団をかけなおしてくれる感触がするも耳元で囁かれる優しく心地良い声と強烈な睡魔に身を任せるとゆっくりと深い眠りへと誘われてゆく。
「夜更かしするからですよ……ご主人様……忘れないうちにベル様に報告しとかなきゃ……」
遠くの方で誰かが何か言っているが分からない、意識はそこで途切れた。
☆ ☆ ☆
視界いっぱいに広がる畑と田んぼ色々な作物と穂を大きく実らせた稲穂。
遠くに牛舎と豚舎と思われる大きな建物が見える、その周りには柵で囲われた黒い牛と黒い豚が沢山居た、どこか現実感の無い光景だが足は勝手に動き出し牛舎の方へと向かって行く。
牛舎につくと米国農家スタイルのエルフが魔法を使って牛舎を綺麗に掃除していた、こちらに気付いたエルフの一人が何事か喋るが聞き取れない「なんだって?」と聞き返すも笑顔で頷き何処かに歩いて行く、追いかけようとするが足は動いてくれない、そのままの状態で立ち尽くしているとエルフが見知らぬ美しい女性を連れて戻ってきた。
まるで美の女神が降臨したのかと錯覚する程に美しい容姿、腰まである艶やかで絹のようになめらかな光沢のある美しい黒髪、まるで俺の理想が体現したかのような絶世の美女、一目惚れなどありはしないと思っていた、お互いの関係があって多少なりとも相手を知っているからこそ人を好きになるものだと思っていたが違った、人は理想の容姿を持つ者が現れればそれだけで好きだという感情が芽生えるものなのだと理解させられた。
そんな美の女神があろうことか俺に駆け寄ってきて、勢いそのままに抱き着いてくる、俺も女神を両手で優しく抱き止める。
体が熱いこれ以上無いほどに、熱すぎておかしくなりそうだった熱すぎて思わず女神を突き飛ばす。
「熱い!」
掛け布団がふわりと宙を舞い目が覚める。
「夢か……」
しばらく放心しながらも夢に出てきた女神を思い出そうとするが肝心の顔が全く思い出せない。
だが夢の通りに体は暑く周囲に心臓の音が聞こえるのでは無いかと思う程にドキドキしていた。
「思い出せん……まぁ夢だし仕方ないか……っとそういえば今何時だ?そろそろエルフ達の所に……12時?」
エルフとの約束を思い出して壁に掛けてある時計に目をやれば時計の針は12時を少し過ぎた場所を指し示していた。
「あれ?……もしかして俺、やっちゃいました?」
物語の主人公が吐きそうなセリフを吐いて完全に目が覚めた。
「英美里!」
「どうされました?お腹でも空きましたか?」
英美里が影から現れて問うてくるがそれどころではない。
「いやいや!エルフ!約束!起こしてって!」
焦りから語彙力が低下し、文章では無く単語が次々に溢れてくる。
「まずは落ち着いてください」
ゆっくりと赤子をあやすように喋りかけてくる優しい慈しみのある声を聞いて段々と落ち着いてくる。
「ふぅ……どのくらい寝てた?」
「8時間程たっぷりとお休みになられていましたよ?それはそれは気持ちよさそうに」
優しく微笑みかけられ、項垂れながら次の質問に移る。
「エルフの家はどうなった?完成したら起こしてくれって言った気がするんだけど……」
「ご主人様がお休みになってから2時間ほどで完成しましたよ?」
何も問題など無かったかのように語る英美里。
「起こしてくれって」
「ご主人様があまりに気持ちよさそうに寝ていたので、昨日も夜更かししておられたのでこのままお休みになって頂いた方が良いかと思いまして一応念話でベル様に相談した結果、このままにしてさし上げましょうという事になったのでそのままにしておきました!」
こちらの言葉を遮るように英美里が言葉を被せてきた。
「そうか……ありがとうな気を使って貰ったみたいで」
「いえいえ、これもご主人様を思っての事ですので!どうかお気になさらず!……まだワンチャンなど起こさせませんよ?順序は守るべきかと進言致します、でなければあまりにも不憫です……」
笑顔なのに笑顔じゃない、赤く綺麗な瞳が怖い。
(圧が凄いとにかく凄い怖いよ!)
重力が増したのかと錯覚する程の圧に屈した俺は短く返事を返す。
「……はい」
「では!夕飯は如何いたしますか?」
元の可愛くて綺麗な英美里の笑顔が戻ってきた。
「今は辞めとくよ……ありがとう、ごめんね?」
「いえ!これもメイドのお仕事ですから!ではお腹が空いて何か食べたくなったらお呼びくださいね!」
影に消えていった勤勉なメイドを見送ってから、日課のネトゲを始めた。
順序とは何か、その事をきちんと頭で理解しながら今日も日課をこなしていく。
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