【完結】世界一無知のリュールジスは秘密が多い

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第32話 闇夜狼煙

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 シリヲン達前線にまで見えた赤黒い光。後方にいる艦隊から発された物。

 不安に耐えきれずシリヲン含むリッター、そして各艦の艦長が通信を投げ掛けるも一向に通信が入らない状態だった。ありとあらゆるチャンネルを駆使しても拾える音は砂嵐の起こす音のみだった。

 そんな中一人のリッターがすぐにシリヲンに声を掛けた。少しの間なら大丈夫だと。シリヲンに状況確認をお願いしたいと。ある意味で冷静なリッターに背中を押されシリヲンはそれを承諾した。

 一度前線を退きシリヲンは艦隊前に姿を見せる。
 異質な砲身のある陸艦、だが目の前にある陸艦等はその場で動きを止めただけの不気味な存在へとなり変わっていた。
 シリヲンは細心の注意払いながらもインカムで呼び掛ける。

 当然のように返ってくる者は何もない。ただのザーっとうるさい砂嵐だけだった。

 一歩。シリヲンは踏み出した。そしてまた一歩。
 通信障害、魔力で作られた通信機器が不調を示したとしても距離が近付けば復活する場合がある。出来る限り状況を確認しなくてはいけない。
 まだ作戦は終わっていないのだから・・・。


「・・・ぁ・・・ぇ・・・て」

「っ! おいどうした!? 聞こえるんだな、何があった!!!」


 砂嵐の奥で人の声が微かに聞こえたように感じた。
 いや、確実に聞こえたとシリヲンは応答を投げ掛ける。何度も何度も同じ言葉を、何があったのか聞き出したい一心でインカムに手を当て聞き逃さないように必死に呼び掛けた・・・。


 そして返ってきた言葉は・・・たった一言だった。


「助・・け・・て・・く」

「っ・・・!」


 シリヲンの全身が鳥肌に侵食された。
 それは助けるを求める声だけではなかった。

 自らのインカムから聞こえる声、そして今目の前に広がろうとしている事に驚愕する他なかったからだ。


「アン・・・ダーズ・・!?」


 陸艦の装甲が剥がれ投げ飛ばされていく。
 まるで卵の殻が邪魔で吹き飛ばしているかのように、シリヲンの目の前にあったはずの陸艦が次々とその本当の姿を現すかのように変貌を遂げている。


「あはは・・・がはははっははっははは!!!!!! 全て!! 全ておしまいだあああ!!! これもこれも全てお前等のせいだ!!! お前等が!!お前等が―――」



 一人狂ったように叫び散らかしていた准将の男が艦内で形を形成しながら陸艦を浸食し始めたアンダーズに巻き込まれその身をただ抵抗する意志も無く吹き飛ばされた。

 最後までリベリィに抱く邪念を捨てる事無く消えていった。


「総員撤退準備!! 作戦は失敗だ! 繰り返す、作戦失敗だ!!!」


 シリヲンの言葉がまだ戦場で戦っている者達へと告げられる。
 作戦の失敗。その言葉の意味よりも、シリヲンの声にみなが事態の深刻さを理解した。


「動けるリベリィは艦にすぐさま集結し戦線より離脱するんだ急げ!! 後方艦隊は・・・アンダーズへと変貌した! 戦える者はもう私達だけだ!」


 シリヲンの言葉に各員のリッターは行動に移る。死に物狂いで上げていた戦線を一気に引き下げる。もしろこの言葉を待っていたかのようにすぐさま指示が飛び交う。
 だが、状況は最悪である事に変わりはない。むしろ悪化したことだけがわかる状況だった。


「まさか・・・! 敵砲撃来るぞ!! 退避!!」


 眼前にいる陸艦の形を辛うじて残したアンダーズ。陸艦のに六本の足が生えた蜘蛛のような存在。それが今牙を剥こうとしていた。

 アンダーズバスター。
 連合軍の本作戦の切り札とされているモノが、本当の意味で今リベリィ達へと向けられていた。


「くっそぉおぉぉ!!!!」


 シリヲンが砲撃の前に立ちはだかる。
 魔術を発動し、ストックを投げつける。相殺。それがシリヲンの狙いだった。
 ただアンダーズ一体を倒すだけの魔力では到底掻き消す事は不可能。だが手加減をせずに本来以上の力をぶつければいける。そうシリヲンは判断した。


「くぅ・・・! くそぉ!!!」


 ストックで受け止めた照射砲撃をずらした。
 打ち消す算段だったのが、いざその攻撃を受けてわかった事があった。考えが甘かった。
 一度見た攻撃と同じ威力のはずがなかったのだ。連合軍で使われていた物の倍以上の威力がシリヲンの判断を狂わせた。

 今の一撃をずらす事には成功した。
 敵は複数いる、これが永遠と続くなんて考えたくも無いとシリヲンは呟いた


 そんなシリヲンの悩みをまるで解消するかのように、艦を取り込んだ蜘蛛型のアンダーズは集結を始めた。
 自らの身体を他のアンダーズにぶつけ始めた。
 最初はシリヲンもその行動に疑問を抱いたがすぐにその答えが開示された。


「融合・・・合体? そんな事も出来るんだね・・・カッコイイじゃないか」


 複数いた陸艦が三体の巨大な蜘蛛型のアンダーズへと変貌を遂げたのだった。
 当然のように艦の主砲である砲身が更に形を変え、禍々しさに磨きがかかっていた。誰がどう見ても威力が増しているのがわかる物だった。何体分の艦を取り込んだのかなんてわかった物じゃない。シリヲンがわかることはただ一つ。次同じように撃たれたら自分一人では受け止めきれないと。


「リッター・シリヲン。お下がりください! ここであなたまで失うわけにはいけません!」

「ここは我々が引き受けます。どうか」

「お前達・・・くっ! わかった、ここは頼んだ。だが絶対に倒そうなんて無謀な事は考えるな。奴等の攻撃を私達の艦へ届かないようにするだけでいい、わかったな」

「イエス・・・リッター!」


 同じリッターなのにも関わらず勇敢にシリヲンの代わりを名乗り出たリッター。
 彼は、シリヲンを後方へと向かわせた優秀なリッターの一人。事態の急変に動き小隊を連れ駆け付けた。彼の小隊がみな額に汗を垂らしながらも表情に笑みを浮かべ眼前の蜘蛛型に目線を送っていた。
 自分達がしんがりを務める事になるかも知れない。自分達も必ず生き残る。それは絶対条件。そして彼等の部隊にはそれ以外の事も考えている節があった。


「来るぞ! 一点針形防御式! 踏ん張るぞ!!!」

「「「純然たる光壁 ライトレイフォール!!!」」」


 リッターの後ろに三人のユースが一斉に防壁魔術を展開しそれを一本の針のように鋭く形成させた。最初から敵の照射砲撃を弾くことを前提に考えていた。ある意味では適材的種。それを知っていてシリヲンも彼等に任せた。

 照射砲撃が展開した防壁へと衝突する。

 あまりの衝撃に正面でストックを両手で構え続けユースが形成した防壁をコントロールするリッターの手が揺れ動く。
 敵の照射の中心をしっかりと捉え続けなくてはこの防壁に意味はない。衝撃、眼前に広がる光、押し出され様とする全身。瞬きを許されない状態が続く。
 たった数秒のはずが、長くこの場で踏ん張っているような疲労感が一気に押し寄せる。


「リーダー! 腰が抜けてますぜ!」

「そうですよ! まだ"あの人"に告白出来てないんですから!」

「見っとも無い姿は、振られた時だけにして下さいっての!!」


 後ろのユース達が野次を飛ばしながら魔力形成を維持し続けリッターの身体を自分達の全身を使って支える。
 これがこの部隊の"それ以外"の部分だった。彼等には彼等の絶対に生き残らないといけない理由がある。本当に身近な単純な願い。人が聞いたら笑われてしまいそうな、幼稚な理由だ。

 だが、それがこの隊にとっての要でもあり、ユース達がリッターを慕い共に戦いたいという大事な気持ちの一つでもあった。


「まだ・・・振られてねぇええええだろうがぁああ!!!!」


 リッターが渾身のように体を震え立たせた。
 自然と展開した防壁の針がその大きさと長さ、そして鋭さが増していき徐々に照射された攻撃を切り裂き始めた。
 砲撃の形は複数の波のように分裂していき徐々にその姿を消し去ろうとしていた・・・。


「おっしゃぁああああ!!!!」


 小隊の中で歓喜の声が響いた。
 蜘蛛型のアンダーズの照射攻撃を防ぎ切ったのであった。
 喜んでいる時間も無いと、次に備える為。一歩、更一歩と、前進し少しでも自分達の後ろの者達に注意が向かないように動く。

 これなら、戦える。
 リッター・シリヲンの指示は敵の撃破では無く足止めだ。これなら上手くいくはずだと、思った矢先・・・。




 ならば、と言うかのように残りのアンダーズが再び集結を始めていた。






「ははは・・・マジかよ」

「こりゃあ光栄って奴ですよきっと」


 軽口を叩きながらも彼等は再び同じような体勢を取る。今も巨大化を続けるアンダーズを視界に捉えながらも魔力を高める。だが、彼等の浮かべる笑みからは勢いが無くなっている事がお互いにわかっていた。


 三体の蜘蛛型から今度は蠍の形を取り始めたアンダーズ。三本あった砲身は同じ様に一本へと統合され尻尾の先にデカデカとその存在を主張し始めた。
 黒く禍々しい姿。今までの無機物に近い形のアンダーズに比べてまるでサソリをそのまま巨大化し生きているかのように動くそれに小隊は固唾を飲んだ。




 そして始まる・・・。

 サソリ型の尻尾に大量の魔力エネルギーが収束し始めた。これでもかと言うほど光輝いていた。
 その巨大な姿と光り輝く姿はシリヲン達正面戦闘を繰り広げている者達からも見えていた。見えるだけでは無い、魔力を持つ者全員がその絶大的な力に足を止めてしまった。

 その攻撃は自分達に向けられているはずだ。アンダーズバスターなんて物が可愛く思えるほどのモノが今自分達を襲うとしている。


「ここまでか・・・すみません。マイスター・・・アーシャ様」


 前線もまた敵の増援で完全に包囲されている状態だった。
 一点突破を仕掛け様にも圧倒的物量には為す術も無かった。これも全て敵の作戦勝ちだったのかもしれないとシリヲンは考えた。

 恐らく敵はあのアンダーズバスターを主軸に戦うことを知っていたのかもしれない。何故知っていたのかこの際どうでもいい。一度退かせた素振りを見せて自分達を誘き寄せて後はタイミングで艦隊を侵食させるだけで良い。そうして温存していた戦力を一気に解放し包囲殲滅、とても単純な簡単なシナリオだ。
 もしも、もしも敵に指揮官なんてモノが居たら大手を振るって笑い転げているのではないか。




 自分達は負けた。

 そしてこの場で・・・もう・・・。





「各員停止、絶対に動かないで、下さい」


 それはサソリ型の照射砲撃が始まったと同時の通信だった。
 誰もが諦めかけていたその時にインカムから聞こえた無機質だが透き通る声に誰もがその指示に従ったのだった。


「っ・・・!?」


 サソリ型の攻撃は一度防ぎ切った小隊へ向けて放たれた。

 だが、それが小隊へ届くことはなかった。小隊が目にしたモノ。それは何処からか降ってきたのかわからない二人の人間によって防ぎ止められていたからである。




「オウギフさん、もうちょっと頑張れませんか!?」

「なんだとぉお!!? 我がライバルの仲間だから多めに見るが、私は君と違って防御専門では無いのだぞ!!!」


 突然降って湧いた二人の人間にはブレイカーが装着されていた。それだけではない、左腕にはストックは無く大型のシールドを手に装着した姿のリベリィだった。
 自分達は四人でようやく防げたのにも関わらず小隊面々の目の前にはその半分の二人、それもあまりにも余裕を見せた会話を繰り広げていた。

 度肝を抜かれた状態だったが、照射の終わらない攻撃に自分達も一緒に防ごうと動いた瞬間、何処からか飛んできた攻撃がサソリ型の尻尾へと直撃しその照射を終わらせた。
 その攻撃はサソリ型のみならず次々とシリヲン達のいる前線にも降り注いでいた。

 動くな。

 その指示に従い動かなかったのが正解だったと全てのリベリィが思う程の攻撃が上空から降り注いでいた。
 それはアンダーズのモノでは当然無い。それは自分達よりも浮遊するアンダーズよりも更に上からの攻撃だとわかった。誰もがみな上空を見上げた。

 暗くアンダーズに汚染された黒い雲に覆われている上空に一つの・・・陸艦が空を飛んでいた。


 誰もがその光景に口を開いていた。
 更にその光景に色を足すかのように次々と小さい何かが飛ぶのが見えた。いや正確にはカッコつけて落ちている"人"だった。

 シリヲンもその光景に度肝を抜かれていたが。一人の声が耳に入り不思議とずっと張っていた肩の荷が下りた気持ちに満ちたのだった。


「シリヲォォオォオーーン!!!!!!」


 一人の女性リベリィ。シリヲンがよく知っている人物。三凛華の一人。


「ミ・・ミレス・・」


 リッター・ミレスが涙と鼻水を流しながら命綱一本でシリヲンの頭上へと降ってきたのだった・・・。
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