生まれ変わったらきっと君と。

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さよなら我が国よ。

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「サクラ、茶を入れてくれ」
シャンデリアと、卓上のろうそくだけの穏やかな光が部屋を照らしている。
豪華絢爛な装飾が施されているが、その部屋にいるのはたった二人だけ。

大きなテーブルに向き合う、激しく装飾された椅子に座っている少年は、これまた壮麗な衣装をまとっているが、どこか着慣れないような、不安そうな、噛み合わなさがある。

金色の髪に、緑色の宝石のような瞳のその少年は、体格こそしっかりしているが、顔つきにはまだ幼さが残っていた。
少年に呼ばれたサクラーーメイドは、お茶のポットと、クッキーやマドレーヌを乗せた皿をワゴンに乗せて運んでくる。

「いつものカモミールティーでよろしいでしょうか?」
「ああ。頼む」

サクラは、ゆっくりとした動作でポットの一つを取り、カップにカモミールティーを注ぐ。
少年は、その動きをじっと見ていた。

「今日は、お菓子もたくさんご用意したので、お好きなだけお召し上がりください」
「お前も一緒に」

少年は、わずかに視線を外しながら、早口に言う。
サクラは、首を横に振る。長い黒髪が、さらりと揺れた。

「それはいけません。私は召使いの身ですから」
「私が構わないと言った。それに、人払いをしてある」
「そのようなことを安易に口にしてはいけません、セイン様」

セインは、ムッとした表情を一瞬浮かべるが、すぐに表情を戻した。
サクラは、そんなセインの様子を見て、わずかに口元をあげる。

「今日は、セイン様がお好きなものをたくさんお持ちしました。これまでは、好きなものをたくさん食べることが許されなかったと思いますが、今日だけは」

マドレーヌ、クッキー、ケーキと、次々と甘味がテーブルに乗せられて行く。
セインは、少し嬉しそうに、それらの皿を見つめていた。

「お前は、これからどうするんだ?」
「どう、と言いますと?」

サクラは、チョコレートを持った皿をおいた手をそのままに、セインに目を合わせる。
さっと目を逸らし、セインは言葉を出すまでに少し時間をかけた。

「それは……私がいなくなったら、どうするのかということだよ。
どこかに行く目処はあるのか」
「しばらくは王室にお世話になってから、その後嫁ぎ先を決めるかと思います」

セインは瞬きを増やし、口にぎゅっと力を込めていた。
目線はジグザグに泳いでいき、下に落ちる。

「お前はどこに嫁ぐんだ?」
「それはー―親が決めることですから。私には全く」
「――そうか」

カモミールティーのカップを持ち、セインは口をつけずに、大事なものを持つように、淵に手を添えた。
皿を置き終えたサクラは、半歩下がった。

「お前は、顔も知らない男に嫁いでーーどう思う?」
「そうですね。その人がいい人であることを願います」
「願うだけか? 不安はないのか」

セインの問いに、サクラは、わずかに眉を下げて、苦笑する。
「こればっかりは。天に委ねるしかありませんね」
「――そうだな」

セインはようやくカモミールティーを一口だけ飲んだ。
金色の絹のような柔らかな髪が、横顔を隠し、サクラからセインの顔が見えなくなる。

「お前は、早く結婚したいか?」
「……。それは、もしかして、ご不安があるのでしょうか」
「……いや」

問うたサクラの声は、少し低く、息が多めに混じっていた。
サクラは、ひょっこりと身を乗り出して、セインの顔色を確認する。
セインは遠くを見るような、それでいて厳しそうな目つきをしていた。

「セイン様。ご不安があるときは、私に、なんでも打ち明けてくださいね。
これでも、生まれた時からあなた様に支えさせていただいたのです」
「ああ。そうだな。ずっと一緒にいたんだから。お前は私にとって姉やであり、一番信頼の置ける召使いだった」

顔の向きをさっとかえ、サクラの真っ黒な、艶のある瞳を見つめるセイン。
サクラは、落ち着き払って目を合わせ続ける。

「兄上は、この国をしっかり治めてくれるだろう。父上からの信頼も厚い」
「おっしゃる通り、第一王子はご立派なお兄様ですね」
「ああ。そして兄上は、恋愛結婚をしている。少しの自由は許されていたんだ。やはり優秀だからかな。」

兄を褒め称える言葉と裏腹に、セインの表情は、あまり面白くなさそうだった。
クッキーをつまんだ手は、皿の上におかれたまま。

「第一王子ですから。結婚による外交政策にとらわれるより、国を治めることに集中することを優先されるべきお方です。
セイン様が他国の姫とご結婚されることは、能力の優劣を表すのではありませんよ。」

ゆっくりと、サクラは優しい声色でセインに語りかけた。セインは、その言葉を聞いて、口元を緩めていた。

「お前にそう言ってもらえるのが一番嬉しいよ。
この先もずっと、そうやって私のそばにいて、支えて欲しかったな」

セインの言葉に、サクラは何も返さずに、わずかに下を向いた。
「今日でお別れなのは、私にとってもとても寂しいことです」

セインは、目線だけ上にあげた。サクラの白い肌、アーモンド型の潤いのある瞳はいつもと変わらない。
そのいつもと変わらない様子を見て、セインは不機嫌そうにフウッと息を吐いた。

「本気か?」
疑うように尋ねるセイン。
サクラは少し目を大きくして、子供に向けるように、にっこりと笑う。

「ええ、本当ですよ」
しばらくサクラを見つめ続けるセイン。
その目には、一番大事なものを映しているのだった。

「サクラ。私は結婚などしたくない」
「セイン様……」
「なぜだかわかるね?」

サクラは目を伏せて、辛そうな顔をした。
「――さて、私には」
「わかってほしいんだ、そして知りたいんだ。私はーー」
「なりません」

ビシッと空気を切るように、冷たい声色。穏やかな表情を崩さないサクラの珍しい剣幕に、セインは一瞬怯む。

「この先、セイン様が何を仰ろうとしているのか、私にはわかりかねます。
しかし、ご結婚に関しては、ご不満を仰ることは王族として許されません」
「ここには誰もーー!」
「誰がどこで見聞きしているかはわからないのですよ、お忘れですか」

セインは、ガタッと音を立てて、立ち上がった。
サクラはまっすぐセインに向き合う。凛とした態度で。

「セイン様。私は召使いの身としてセイン様に懸命にお支えして参りました。
セイン様は、私などとはお立場が違います。一刻の命運を左右する力を持っておられる方なのです。
それは、生まれた時から決まっているのです」

「生まれた時から、私は呪われているということか?」
セインが問いかけると、サクラは、悲しげな笑みを浮かべた。
その見たことのない表情に、セインは、言葉を飲み込んだ。そして、穏やかな口調で話した。
「お前は、私のことを一番大事に考えてくれているんだね」
「左様でございます。あなた様に仕えるものとして、セイン様のことは一番大切に思っております」

仕えるもの、を強調したことを、セインは見逃さなかった。
それに気づいてしまうと、心がバラバラに剥がれていってしまうようだった。
サクラに目線をやり、セインは、サクラは今までと同じ通り、まっすぐで誠実で強情で、責任感の強すぎる、緩みのない自分の愛する女であるということを再確認した。

「ありがとう、サクラ」

「ありがとう。この17年間、とても楽しかったよ」
セインは、サクラの入れたカモミールティーを一気に飲み干した。

「全部、君のおかげだ。
明日、私はこの国を出て、見知らぬ土地に行き、見知らぬ女と結婚し、見知らぬ国を治める」

静かに椅子を引いて立ち上がったセインは、サクラよりずっと背が高かった。
サクラは、優しげな微笑みをたたえて、セインを見つめていた。

「その国で私はいつまでも、サクラの幸せを願っているよ」

セインがいうと、サクラの瞳がキラリと光り、優しい涙が一筋流れた。

決して口に出すことのできなかった想い。
きっと彼女の中にも、同じ想いが灯っていたのではないか、とセインは信じたかった。
信じて、一生を生きるしか、他ないのだから。

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