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第二章

トラック島ニテ

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窓の外から、新鮮な朝日が差し込んできた。

欧州風の内装が施されたかなり広い部屋の隅、壁にくっつくように備えられたダブルベッドに頭だけを預け、あとは外のほうに投げ出される格好で、大和はうつらうつらと船を漕いでいた。

別段、寝相が悪い訳ではない。そうしなければならない理由が出来ただけだ。

手入れの行き届いた白いシーツに茶色の厚い毛布にくるまり、干したばかりの枕に頭を預けて、女の子は寝入っている。

傷んでバサバサの髪をなんとかして整えてはあるが、痩せているせいかあまり効果はないようにみえた。



結局、大和は荒波に揉まれる少女を引っ張りあげたあと、内陸の方には戻らず別の小島へと向かった。

鎮守府近海にある無人島。いつからそこにあるのかは知らないが、艦魂たちが内陸の方に鎮守府を建設した頃にはここは『トラック島』と呼ばれていた。

僅か数キロ程しか離れてはいない。暇を持て余した駆逐艦や大和にとっては格好の遊び場であった。

無人の島であったため、当然ベッドも建物もなかった。
半ば悪ふざけで艦魂たちが勝手に作ったに近い。

それがこんな形で役に立つとは、大和はほとほと呆れてしまった。

だが、都合が良い。と言うのも、艦魂たちが死者を受け入れる事例は殆どなく、大抵は追い出してしまうからだ。

前に一度、死者を受け入れ世話を焼いた事があったが、その時になにやら騒動があって、それからは一切の受け入れを拒否し続けている。
大和が着任する前の事だった。

だが死者とは言え、まだ幼い女の子だ。それをまた着の身着のまま追い出すなどあまりにも酷である。

それに・・・・・

「ん・・・・?」

ふと目元あたりに窓から覗く光が当たった。眩しさに一瞬眉を潜めたが、大和は少し目を擦りながら頭を上げた。

寝ぼけ眼で部屋を見渡し、ぼーっと壁の方を見つめる。次第に昨夜の記憶が甦ってきたのか、目の前で毛布に埋もれる幼い姿を視覚に入れた途端に一気に眠気が覚めた。

女の子はまだ寝息をたてている。ずぶ濡れだった服を脱がし、とりあえず大和のシャツを着せたは良いが、あまりにも身体が小さいので袖を何回もおってようやく指の先がでてくると言う塩梅だ。

窓際の洗濯紐に引っ掻けた黒い防空頭巾、煤けた手縫いのシャツ、そして黒いモンペ。

あの日のまま、十数年を彷徨っていたのだ。
シャツの胸元に縫い付けてある筈の名札は、どういう訳か千切れてしまっていた。

「起きんな・・・・・」

相当参っていたらしく、日も高くなってきたと言うのに目を覚まさない。
なにより・・・・・

「・・・・・やっぱり欠けとる」

女の子の胸の辺り、丁度心臓があるところだろうか。大和の目には、青白い炎が見えていた。
しかし、その炎は全体の四割程がすっかりなくなってしまっている。

通常ではありえない事だ。本来、人間と言うものは肉体と共に命、魂を持って生まれてくる。肉体や命は有限であるが、魂は条件次第では永遠である。

それが万が一にも傷付いたり欠けたりなどしてみろ。その魂は永遠から遠ざかり、転生もなにもできずに消えてしまうのだ。

「なにをしたらこがいな事になるんじゃ」

はたから聞けば、人間の魂は脆いように思うだろう。実際は確かに脆い。 非常に傷付きやすいが、しかし、ちょっとやそっとの事でこのように四割も欠けてしまう事例は、大和は視たことがなかった。

一体、この子の身に何があったと言うのか・・・・・

「たいぎいのぉ・・・・・飯にしようか」

なんだか、考えれば考える程に腹が空くような気がして、大和は面倒そうに立ち上がると頭をガシガシ掻きながら厨房へ向かった




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