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第四章 新天地

番外最終話 帯刀 結3

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 走馬灯でも見ているのだろうか?
 あの状況で助からないのは、火を見るよりも明らかだった。
 なのに今、こうして色々と考えたり、思い出したりする時間あるなんて。

「──こんな状況に出くわすなんて、流石俺達の子だな。まったく、こんな所は似てくれなくていいのに……」

 私は、聞きなれた声に恐る恐る目を開ける。
 すると目の間には、この世界ではめずらしい黒髪。和服と呼ばれる変わった服に、刀と呼ばれる珍しい武器を、腰に二本差している男が立っていた。
 そんな風変わりな人物の正体を間違える訳がない。

「パパ‼」

 なんたってその風変わりな男は、自分の父親なのだから。

「結、怪我は無いか?」

「うん、大丈夫。足をひねっただけだから」

「そうか、大きな怪我じゃなくて良かったよ。ママ達が心配してたぞ?」

 おかしい。悠長に話していられるこの状況、おかしすぎる。
 私とマグナベアーを遮るようにお父さんが立っているため、先ほどの攻撃がどうなったのか確認できない。
 でも夢なんかじゃない。お父さんの横からはみ出て見える金色の毛は、間違いなくマグナベアーのものなのだから。

「それにしてもパパなんて呼ばれたの久しぶりだな。久しぶりだと照れ臭いな」

「なっ──そんな事言ってる場合じゃないでしょ! マグナベアーが……って、何が起こってるの?」

 私は体をずり、横へと避ける。
 そして上を見上げ、自身の目を疑った。
 マグナベアーは繰り返し腕を振り下ろすものの、攻撃の軌道は反れ、まるでお父さんを避ける様に素振りをしているのだ。

「大丈夫、すぐ終わるから。それにしてもこいつ逃げない……な!」

 お父さんは、マグナベアーに向かい一歩踏み出した。
 すると、先ほどまで手ぶらだった手には、何かが握られて……。

「あれは無刃ぶじん! お父さん、いつの間に抜いたの?」

 動体視力にはそれなりに自信があった。
 しかし抜いた所を見る事は出来ず、それどころか刀に手をかけた所も見えなかったのだ。
 驚かずになんかいられるわけがない。

「可哀想に、きっと今まで負けたことが無いんだろうな」

 無刃を鞘に収め、もう一本の刀、帯刀ノ命に手を振れた、その瞬間。

「退け、でなければ死ぬことになるぞ‼」

 お父さんから放たれた殺気に、私は全身の毛が逆立った。
 殺気はこちらに向けられている訳ではない、なのに体の震えが止まらない。
 そして殺気を向けられている魔物は……。

「すごい、一目散に逃げて行くなんて……」

 慌てるように踵を返し、脇目も振らず森の奥へと逃げていったのだ。

「ふぅ、殺さずに追っ払えたか。こっちの方も、少しはじいちゃんに追いつけただろうか……」

 今のを見ていて分かる。
 強い、強いなんてもんじゃない。
 自分より何倍も大きく凶暴な魔物を、殺気だけで追い返すなんて、そんな事が出来る人間の話など聞いたことがない、夢でも見ているのだろうか?

 今の戦闘を見て分かる。
 お父さんには例え、私が十人居ようと……。いや、百人居ても勝ち目がないだろう。

「──カナデどうして肉を逃がしちゃうかな‼」

 お父さんが触れている刀が光ったかと思うと、突然小さな精霊様が現れた。
 帯刀ノ命に住まう伝説の武器精霊、ミコ姉ちゃんだ。
 
「肉ってミコ、俺はあんなの食うのはゴメンだからな。絶対硬いし生臭いって」

 あれ程の相手と対峙した直後に、夕飯の事で揉めてるの?
 この余裕が本物の強者、勇者の力。でも、なら──。

「……なんで」

 私は昼間のことを思い出す。
 冴えないとか、強い訳無いじゃないとか、全然そんな事無かった。
 全部、出し惜しみしてるのが原因で。

「なんで倒さなかったの? お父さんなら簡単に倒せたんだよね!!」

 許せなかった。
 お父さんが馬鹿にされることもそうだが、私も目にするまで、心の何処かで信じきれて無かったのかもしれない、そう気付かされたのだ。

「だから馬鹿にされるんだよ! 嘘つき扱いされるんだよ‼ 強いならちゃんと、強くいてよ……」

「結……」

 私は胸を張って「お父さんは凄いんだ」って言いたい。
 誰に馬鹿にされようと、自慢のお父さんだって声を大にして言いたいのに。信じて貰えないのは……辛いよ。

「──刃とは、命を奪う事を目的に振ってはならない。何かを守るために振え」

「……えっ?」

 突然、お父さんは真面目な顔で私に話しかけた。
 私はその意味が全然理解できないでいた。

「これはな、初代の勇者様。俺のじいちゃんの教えなんだ」

「なにそれ、ただの綺麗事だよ。武器は命を奪うための物だし、命を奪わないと守れない状況だってあるじゃない。今のマグナベアーも、他の人を襲うかもしれない」

「あー、その通りだ。難しいよな、父さんも未だに悩む事があるよ」

 お父さんは帯刀ノ命を抜き、上に掲げる。
 怖いほど美しい刀身を見つめるその姿は寂しげで、どこか哀愁漂っていた。

「でもな、これだけは忘れちゃ駄目だ。命を奪った相手にも家族や大切な人が居る事を。例え魔物だって、自分や家族守るため、飢えを満たすためにしか生き物を襲ったりはしない事を。刃は同時に心を奪ってる事も」

「刃は、心も奪ってる……?」

「あぁ、結。刃を手にしてる以上、命を奪う事の意味を考え続けなさい。そして正解は自分で決めるんだ、それが刃を握るものの勤めだから」

 普通は頼りない雰囲気のお父さんが、今は違った。
 見たことない真剣な雰囲気と言葉は、不思議と私の心に響いた。

 命を奪う事の意味……。
 少しは考えた事はあるけど、今思うと簡単に考えてたかもしれないな。

「さぁ、帰ろうか。ママ達が待ってるから」

 お父さんは背中を向け、その場にしゃがみ込む。
 そして背中に乗るように「さぁ、乗って」っと声を掛けた。

「だ、大丈夫だよ。自分で歩けるから」

「いいじゃないか、こんな時ぐらい父親らしくさせてくれよ」

 は、恥ずかしい……。
 でもお父さんは、引いてはくれなさそうな雰囲気だし。

 私はシブシブ、シブシブにお父さんの肩に手を置いた。

 おんぶなんて、何年ぶりだろう。
 助けてくれたし、今日は良い子に言うこと聞いてあげてもいいかな。

「おっ、重くなったな」

「失礼だし……。デリカシーが無いんだから」

 お父さんは私を軽々と背負い、ミコ姉ちゃんと晩御飯の事で揉めながらも町へと歩いていく。
 大きい背中だ。今日は一段と大きく感じた。

 私は顔をうずくめながら「刃とは、命を奪う事を目的に振ってはならない。何かを守るために振え……。っか」っと呟いた。

「んっ、結何か言ったか?」
 
「ううん、何でもない」

 背負われたまましばらく進むと、森を抜け空が開く。
 私は眩しくて顔をしかめた。
 上を見上げると、果てなく透き通る青空が現れる。
 気付くと、私達は故郷の町を目の前にしていた。

 口には出しては絶対に言えないけど、嬉しい時間はあっという間なんだな、っと思う。
 なんたって世界一頼りがいのある、たくましい背中の裏で、揺られているのだから……。

             Fin
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みんなの感想(439件)

伊予二名
2022.04.11 伊予二名
ネタバレ含む
リゥル
2022.04.11 リゥル

自分、九能先輩の下が帯刀なの知りませんでしたw
懐かしいですね、らん○/12(*´ω`*)

解除
yana
2021.11.21 yana
ネタバレ含む
リゥル
2021.11.21 リゥル

三年近くも応援ありがとうございました。
これで刀匠の孫真打ちは完結です。

仕事の都合で、後半は更新もグダってしまいました、申し訳ございません。

今後も作品作りは続けていく予定です。
yanaさんのお眼鏡に叶う作品を書き、
「yanaさんよ、私は帰ってきた!!」
っと言うのを次の目標として、頑張って執筆していきたいと思います。

一友人として、次回も会えることを楽しみにしておりますね。
今後も読書を楽しみつつ、お元気で居ていただける事を切に願っております。

解除
yana
2021.10.28 yana
ネタバレ含む
リゥル
2021.10.30 リゥル

ご感想ありがとうございます。

この話で完結予定ですが、主人公が出てこないのも斬新で面白いですけどね

解除

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