上 下
60 / 469
第一章 グローリア大陸編

番外編 研磨バトル4ー見えない明日と刃先のカエリー

しおりを挟む
「御忙しいところ申し訳ないですがトゥナさん、どちらが優れているか、試してはもらえないでしょうか?」

 この小僧……ドンドン低姿勢になってくな? 俺様に対する態度と、違いすぎるだろ……。

「仕方ないわね……」

 そう呟いた嬢ちゃんは、審査の為試し切りに入るようだ。その姿を食い入るように俺達は見つめた。

 ──まずは包丁からのようだ!

 試し切りで切るのは、今晩の夕御飯に使おうと買っておいた大根……。
 嬢ちゃんは、その上に包丁を当てがった。──先ずは俺様が研いだ包丁からみたいだな?

 大根の上に置かれた包丁は音も無く、まるで線を描くようにスーっと大根に切り込みをいれ、まな板にトンッと当たる衝突音を生み出す。

 良し、会心のできだ!
 おそらく嬢ちゃんは、力をいれる事もなく重みだけで切れたと思ったに違いない!

 嬢ちゃんは包丁を持ち変え、次は小僧の研いだ包丁を試すようだ……。──大丈夫だ、アレ以上の結果を出すことはできまい。

 小僧の研いだ包丁を大根に当てがう……。音もなく切り込みが入り、まな板に当たる音だけが響く……。

 ──小僧、やりやがる! 見ていたら分かる……この結果は五分だ!

「両方ともスゴいわね……まるで切った気がしなかったわ」

 嬢ちゃんが言いたいことは分かる。
 大根を切る包丁は、見ていると動きにムラがなく、抵抗を感じさせない。まるで、空気でも切っていたかの様な動きをしていた。

 ──ただ、一言だけ言わせてほしい!
 
 俺様が気になったのは、何度も切り込みを入れられた、不揃いの大きさの大根の無惨な姿……。
 それを手で持ってみると、これだけ切れる包丁なのにほとんどが最後まで切られることはなく、皮一枚繋がっているのだ……。

 ──むしろ、どうやったらこんな風に切れるんだ! わざとやったんじゃないか?
 この嬢ちゃんも……只者ではない! 目の前の嬢ちゃんの包丁技術に、恐怖すら感じてしまう。〔ゴクンッ〕

「次は鍬ね?」

 そう言うと何事も無かったかの様に鍬を握る。──鍬でも同じように大根を切るみたいだな?

 まずは俺様の方だ、大根に鍬をのせると重みでストンっと切れた。

 ……勝った!

「どうだ! 俺様の研磨した鍬は! 普通の鍬じゃあ、こんなには切れまい!」

 俺は勝利を確信した。ここまで切れる鍬を、俺様は今まで見たことがない。間違いない、俺様の勝利だ!

「カ、カナデ君?」

 っと、姉ちゃんが心配そうに小僧を見る。
 それもそうだろう? だってこれ以上良い結果は得られないだろうからな!

 しかし、それを見ていた小僧は「大丈夫、勝敗は見えたから」と、余裕の態度を見せる。

 なんだよこの小僧……まさかこれ以上切れるのか? まな板事切れるとでも言うのか?

 小僧の言葉を聞いて、姉ちゃんは小僧が研磨した鍬を大根の上に……。

 ──そして、力を抜いた!

 しかしその鍬は重みでは切れず、嬢ちゃんが少し押したことでストンッと音を立て大根は切れた…………。

 やった……やったぞ! 俺様が研磨した方が切れ味が良かったのだ!

「どうだ見たことか! 俺様が研磨した方がよく切れるだろ! この勝負、俺様の勝ちだ!」

 そうだよ、なにも恐れることなんて無かったんだ。何せ俺様は、フィーデス一の野鍛冶なんだからな!

 そんな俺様を見てヤツは嘲笑い、嬢ちゃんから鍬を受け取ってそれを見せつけた。

「コイツの刃先を見てみろ」

 なんだこの小僧、今さら負け惜しみを……んっ?

 ──こ……これは……!?

「気付いたか? 気づかないわけ無いよな?」

 俺様は小僧が言わんとしたことを理解した。

 そうか……戦う前から勝敗は決していたんだな? 俺様は……いや、俺はとんだ思い上がりをしてたみたいだぜ。

「え~っと? 判定をいっていいのかしら?」と姉ちゃんが口にする中、俺は姉ちゃんの発言を手で遮った。

「──小僧……俺の敗けだ……」

「え? どういうことなの?」

 不思議そうな顔をしている嬢ちゃんに、小僧が……。いや、カナデさんが理由を説明してくれた。

「トゥナ、刃先の角度だよ」

 そう言うと、俺の鍬とカナデさんの鍬を交互に見る姉ちゃん。

「なるほど……そう言うことね?」

 どうやら、彼女も納得してくれたらしい。

「刃物は、角度の違いでも切れ味が変わる。角度が鋭ければ切れ味も応じて鋭く、かえって緩ければ切るときの抵抗が増し、切れにくくなるんだ」

 カナデさんの言葉が胸に突き刺さる。

 だから包丁では差がでない切れ味に対して、鍬では差が出た……。そしてそれが意味するのは……。

「──当然薄ければ刃こぼれが起きやすく、厚ければ刃こぼれはしにくい……。そう言うことだな? カナデさん」

 カナデさんは俺に向かって、静かに頷いた。

「正解だ、鍬みたいに固いものを切るものに関しては、切れ味も必要だが何より耐久性が重要になってくる」

 カナデさんは店に入って見ていたのは、俺のそう言った慢心から来る、客に対しての気遣いだったのかもしれない……。──俺が二流どころか三流以下……か。

俺は「完敗です…」と、素直にこうべを垂れた。これ以上の恥の上塗りには耐えることが出来なかったのだ。

「じゃぁ、このガイア作の包丁は俺が貰っていくぞ? 何、授業料代りだろ?」と包丁を手にするカナデさん。

「お、親方作の包丁だって気づいてたのか! なんて目利きなんだ……」

 めいが彫っていないのに、それに気づいたのか……カナデさんも何故か、俺の発言に驚いているようだ。

「亭主、ガイアのおっさんの弟子なのか?」

 カナデさんは、親方を知っている?

「お、親方を知ってるのかい……」

 親方の元を離れた俺だが……気になる! この人と親方との関係性が。
 もしかしたら親方が取った、新しい弟子なのだろうか……?

「あぁ、あの人は俺の……戦友ともさ」と、包丁を掲げた。カナデさんが持つ包丁は、喜ぶかのように輝いて見えた。

 か、かてっこねぇよ……。親方から逃げるように独立した、俺なんかが……親方と肩を並べるカナデさんに勝てるわけねぇよ。

 しかしカナデさんは、親方の弟子と分かった俺にも優しくはなかった。
 いや……もしかしたら本当の優しさとは、カナデさんの様な厳しい言葉を掛ける人なのかもしれないな。
 
 そして、肩を落とす俺にさらに厳しい言葉が突き刺さった。

「おっさんの弟子なら、恥ずかしい仕事はするなよ? 最後にサービスで大切なことを教えておいてやる」

 そういって真っ直ぐと俺を見つめ、ゆっくりと口を開くカナデさん。──ど……どんな指導をいただけるんだ……。

「客から預かった大切な商売の品を、見知らぬ小僧に触らせんなよ?」

 俺は地面に膝をついた……そして。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 と、なんとも言えない悲痛な叫びをあげてしまった。

「カナデ君……あなた。鬼ね……」

 カナデさんは、それだけ言うと店から嬢ちゃんと共に出ていったのである。

 ──あの日から、何れぐらい立ったのだろう。俺はお客様から預かった品を今日も削っている。

 ただ前の時とは違う。今は目標も出来、品の一本一本に手を抜くこともなく、心の炎は燃え上がっている。
 ただ、仕事のペースも少し落ち売り上げは下がっちまったがな?

 今日もフィーデスの町では、俺が金属を削る音が鳴り響いている。
 何てことはない……今度こそは、ただの本当の一流を目指して──。

────────────────────
 余談とおまけ。

 そして彼は知らないが、影では「最近あの野鍛冶で農具頼むと、調子がいいんだよ」との町の声があるとか……ないとか。

 番外編  研磨バトル終了です! 楽しんでいただけましたか?
 作者も、まさかの四部構成に驚きが隠せない!
 次回からは本編に戻りますので、そちらもお楽しみください。

 最後に、大根は後でオルデカが美味しくいただきました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...