異世界喫茶『甘味屋』の日常

癸卯紡

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ギルド施設としての飲食店

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「これは・・・・いやはや、想像以上でございますね」

「恐れ入ります」

「これならギルドとしても問題ございません」


 ヴィエラと再会した次の日、今日は朝からみんな忙しかった。ライラはレイチェル王女に呼び出されたとかで朝食もとることなく城へ行き、ヴィエラも狩猟際の打ち合わせがあるとかで冒険者ギルドへと行ってしまった。

ライラが王女に呼び出されてしまったため今日はニナの冒険者業は休みとなり、暇になったニナは一日店を手伝うと申し出てくれた。しかし、俺の店は未だ商業ギルドから営業許可が下りていないため、店主である俺自身が今は無色のニートである。

そんな状態のため、とりあえずニナには今日一日のんびりするようにとだけ言っておいた。

それでも根が真面目で働き者のニナは店の中を掃除したり、それが終われば自分の部屋へ行き読み書き計算の勉強を始めたりしていた。ニナは冒険者としてライラと依頼をこなす一方、依頼が終われば俺の店を手伝い夜は夕飯を食べ終わると部屋に戻って勉強をしている優等生だ。

今ではこの世界の文字を書いたり読んだりすることはもちろん、この世界では役に立たないであろう日本語も多少覚えて使えるようだ。

ニナは俺が元いた世界に興味があるらしく、日本について知りたいと言っていたので俺がエゼルバラルにいた時に小学校低学年向けの学習教材をスキルで出してやると、冒険者ギルドでの読み書き計算の講習と並行して日本の勉強をしていたのだ。

   ────たまにニナが使う変な言葉はその成果かもしれない。


 そんな真面目なニナとは対照的に、俺はコーヒーを啜り日がな一日を過ごそうと思っていた。すると、突然玄関の扉が開き2人の商業ギルドの職員が店にやって来た。

ギルド職員が来たという事はやっと営業許可が下りたのかと思い安堵した俺であったが、どうやら店に来た彼らの用件は少し違ったようだ。

彼ら商業ギルドの職員がうちの店に来た理由は、営業許可が下りるまでの間、商業ギルドの飲食施設としてこの甘味屋をやらないかという提案をするためだった。

つまり、商業ギルドの施設となれば営業許可を取る必要はないため今すぐにでも店を開店できるということだ。

王都で店を出すにはギルドの審査を通過し営業許可を貰う必要がある。そして、ギルドの審査を受けている商人は大勢いるため許可を貰うには貴族や王族の推薦でもない限りかなり時間がかかるのだ。

まぁ、それもしかたないことだろう。王都ミストレアにはいろいろな国や地域からいろいろな種族が集まって来るため商人たちにとっては絶好のビジネスチャンスなのだから。

だが、商業ギルドの施設ともなれば順番などすっ飛ばして今すぐにでも営業ができるのだ。そのうえ、ギルドから日割り計算で俺とニナに給与が支払われるらしい。

しかし、当然だが良いことばかりではない。

売り上げは材料費やその他諸々の経費を除いてギルドに徴収されてしまうし営業時間は商業ギルドと同じにしなければならない。さらには契約期間中はギルド職員として扱われるため、商業ギルド内の雑務の手伝いもしなければならないこともあるようだ。

ようするに、日本でいう雇われ店長みたいなものだが俺としては一日でも早く営業再開したかったのでこの提案には諸手を挙げて賛成したい。

だが、一つ分からないことがある。

「何故うちの店なのでしょうか?」

当然の疑問だろう。俺以外にもいろいろな商人たちが営業許可を待っているのだから。ギルド職員は苦笑する。

「端的に言えば、ギルドにクレームが多数寄せられたからです」

「クレーム、、、ですか?」

「はい。ご存じの通り甘味屋さんの甘味は今や各地で有名になっております」
           ────いや、ご存じありませんでした。

「そのため甘味屋さんが王都に滞在している事を聞きつけた人たちから「なぜ甘味屋は営業しないんだ」といったクレームが多数商業ギルドに寄せられたのです」

ギルド職員は胸ポケットからハンカチを取り出し額の汗を拭った。

つまり、ギルドとしては順番待ちしている商人たちを無視して俺たちに優先的に営業許可を出すわけにもいかないため、異例の措置として甘味屋を商業ギルドの施設として営業させてはどうかという結論になったようだ。

そして、今うちの店にやってきたこの2人の職員は本当にうちの店のスイーツが客に出せるものなのかどうかを確かめに来たらしい。ようするに毒味役だ。

結果は先の通り、2人はうちの店の甘味を食べて大満足してくれたようだ。

「それでは甘味屋さん、一時的ではありますが営業許可が出るまで商業ギルドの施設として営業していただけますでしょうか?」

ギルド職員は姿勢を正すと真っ直ぐ俺を見て訊ねた。

「はい、よろしくおねがいします」

その言葉を聞いたギルド職員はホッとして安堵の表情を浮かべる。2人の様子から商業ギルドに寄せられたクレームはかなりの数だったことが予想できた。

「あの、クレームというのは甘味についてだけだったのでしょうか?」

「・・・・と言いますと?」

「コーヒーが飲めないといったクレームは・・・・」

俺の言葉を聞いて2人のギルド職員は数秒間、お互いの顔を見合わせるとすぐに俺と向き直る。

「「 ありませんね! 」」

「少しくらいは・・・・」

「「 いえ、ありませんでした 」」

「いやいや、一件くらいは・・・・」

「「 ご心配なく! 一件もありませんでした 」」

「そ、そうですか・・・・」

うちの店の名前が『甘味屋』ということもあってか、コーヒーに関してのクレームや問い合わせは一件もなかったようだ。何度も言うが、うちはコーヒー専門店であって甘味は脇役のオマケでしかないのだ。

そんな俺の気持ちを察したのか、いつの間にか部屋から出てきていたニナが俺の肩をポンポンと叩くと「元気出しますですよ」と慰めた────慰められると余計悲しくなる。

 こうして契約が締結されると、すぐに商業ギルドのスカイテラスにある食堂から数名の料理人が甘味屋へと派遣されてきた。

彼らはうちの店で出されている甘味のレシピを共有しようと思い来たらしいが、うちの甘味は全て俺のスキルで出しているためレシピなど俺にもわからないと伝えると「ふざけんな」だの「時間を無駄にした」だのと悪態をつき不貞腐れて帰ってしまった。

俺もニナも唖然としたが、すぐに気持ちを切り替えると普段通りの開店準備を進め久々に玄関先にかけられた『準備中』の札をひっくり返し『営業中』とした。
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