異世界喫茶『甘味屋』の日常

癸卯紡

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王都の商業ギルド

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 王都に着いた俺たちは営業許可を貰うため、まず商業ギルドへと向かった。いつもであればギルドには俺一人で赴くところだが、王都には多くの町や村から大勢の人が来ているため事件も多い。そのため外にいる時は3人一緒に行動するべきだとライラから忠告されたため2人には商業ギルドまでついて来てもらったというわけだ。

東門を抜けて商業ギルドへと向かう途中、俺たちは町を警備する兵士にうんざりするほど職質を受けた。中にはメディカルチェックなどと称し獣人であるニナだけ近くの施設に連れて行かれ何やら怪しい検査を受けることとなった。

検査を受け終わったニナは何やら全身ずぶ濡れで出て来たため俺とライラは慌てて人目がつかない所へとニナを連れて行くと、俺はスキルを使い店を出しニナを着替えさせた。

ニナの話では、衛生兵たちのおこなったメディカルチェックというものは霧状の液体をいきなり吹きかけたり、何やら怪しい薬をいくつも飲ませたりというものだったらしい。

そして最後に施設内にある池に張られたスライム状の液体の中に服を着たまま数分間放り込まれた後、施設から放り出され解放されたようだ。

    ─────それでは検査というよりはまるで・・・・。

「王都では外から来た獣人に対しては特に扱いが悪い。外から来た獣人は不潔で厄介な病気を持っているものだと兵士たちは疑っているのだ」

ライラがニナに聞こえないよう俺にそっと耳打ちする。
    ────やはりそうか。

ニナが受けたのは検査ではなく殺菌や消毒と言った方がしっくりくるようなものばかりだ。こうなるとどうやら獣人への差別というものはアルヴィナ村が特別酷かったわけではなくこの世界全体がこうなのだと俺は思い知らされた。

 それにしても腹が立つ話だ。うちの従業員であるニナは毎日ちゃんと風呂にも入っているため検査した衛生兵たちなんかよりよっぽど清潔だ。この世界では風呂というものは贅沢品らしく、使えるのは王族や貴族、そして一部の大富豪たちのみなのだ。

ちなみに風呂が使えない平民は井戸水や川の水なんかを使い体を拭く程度らしく、それを聞いた俺は風呂の無いアパートで暮らし寝る前に除菌シートで体を拭いていたという学生時代の友人を思い出していた。

井戸水や川の水なんかには目に見えない細菌が多く含まれていると聞く。それに比べれば除菌シートで体拭く方がまだ衛生的なのかなどと、どうでもいいことを考えて歩いているとすぐに次の職質を受ける。

こんな感じで職質に次ぐ職質で商業ギルドに着いた時には、すでに燃えるような真っ赤な夕焼けも鳴りを潜め辺りはすっかり暗くなっていた。

「・・・・やっと着いたな」

「長い道のりだったですよ」

別に道のりは長くない。俺たちが入ってきた東門から商業ギルドまでは数百メートルといったところだろう。

「今日中に冒険者ギルドへも行きたかったのだが、今日はマスター殿の営業許可を貰ったら休むとしよう。我々のような外から来た他所者があまり夜の王都をうろつくのは控えた方がいいだろう」

まだ明るい夕方であれほどの扱いだったのだ。夜、俺たちのような余所者がフラフラと町中を歩いていたら何もしていなくても牢屋にでも入れられてしまいそうだ。人族である俺やライラはまだいいが、獣人であるニナが酷い目に合わないとも限らないし今日のところはさっさと帰って明日に備えよう。


「それにしてもさすが王都の商業ギルドですね」

「すごく大きいです。お城みたいです」

「うむ、王都にはたくさんの村や町から商人や冒険者が集まるからな。ギルドはそれら商人や冒険者を受け入れるよう大きく作られているのだ」

俺たちの目の前に現れた商業ギルドの建物は以前読んだ本に描かれていたスペインのレティーロ公園にあるガラスの宮殿のような瀟洒な造りの建物だった。

中に入るとガラス張りの天井からは綺麗な星空を見上げる事が出来、3階にある食堂では星空を見ながら誰でも食事ができるようだ。せっかく王都にきたのだ、今日くらいはこの満天の星空の下で夕飯を食べていくのもいいかもしれない。

なにわともあれ、まずは用事を済ませなければならない。商業ギルドに来たのは星空を見上げるためでもなければ食事をとるためでもなく、営業の許可をとるために来たのだから。

だが、1階は商人たちでごった返しており受付カウンターには長蛇の列ができていた。もう夜だというのに食事もとらず商人という連中は働き者なのだなと俺は感心する。

「ちょっと長くなりそうだからニナはライラと3階で夕飯食べてくるといいよ」

俺は退屈そうに待っているニナに言う。俺の言葉を聞いたライラは辺りをキョロキョロと見回すと少し眠そうなニナをおんぶする。ライラに背負われたニナはそのままライラの背に寄りかかり目を閉じると何やらむにゃむにゃと俺に何か言っていたがよく聞き取れなかった。

「うむ、この建物内にはマスター殿へと悪意を向ける者はいないようだから大丈夫だとは思うが十分気をつけられよ」

「はい、ありがとうございますライラさん」

さきほどライラがキョロキョロと見回していたのは周囲を警戒しての事だったようだ。アルヴィナ村で俺が刺されて以降、ライラは俺やニナに対してかなり過保護になった気がする。いや、今では冒険者となって最低限自分の身は自分で守ることができるようになったニナよりも自分の身を守る術を何も持たない俺の身を案じているのかもしれない。

   ────体を鍛えるため明日から筋トレでもするべきだろうか?

 それから俺は商業ギルドの受付カウンターで散々待たされた挙句、申請した王都での営業許可をもらえるかどうかは明日以降にならないとわからないなどと職員から言われた。

当たり前だが、この王都で商売をしたいのは俺だけでない。そのため許可待ちの商人は俺以外にも大勢いるのだ。そんな彼らが王都で商売するのにふさわしいかを審査しなければならないため、すぐに営業許可を出せないのだと俺はギルド職員から説明を受けた。

各地からこれだけ人が集まる王都では違法の品などを扱った悪徳商人や公に認められていない奴隷商人なんかが潜り込むことがあるらしく、それらを厳しく取り締まる役目を商業ギルドが担っているとかで王都の商業ギルドは他の村や町の商業ギルドより審査基準が高いようだ。

わざわざ王都まで来て店が出せなかったらどうしようと不安そうにしている俺を見たギルド職員は「犯罪歴などがなければ大丈夫」と声をかけてくれたが、今日中に営業許可を貰えないということは出店する場所も確保できないという事だ。

そうなると今日は野宿か宿をとることになる。普通に考えれば宿をとるのだが、俺は王都で宿に泊まるのはあまり気が進まなかった。

なぜなら、宿の看板の注意書きに『獣人お断り』と書かれていたからだ。

王都に到着して以降、嫌な思いばかりさせてしまっているニナにこれ以上嫌な思いをさせたくはない。俺はギルド職員にその旨を伝えると、ギルドの敷地内であれば好きに使ってくれていいという返事を貰った。

防犯上の理由からさすがにギルドの建物内で寝泊りを許可することはできないが、建物の外であれば好きに使ってくれてよいと言ってくれたので、お言葉に甘えて今夜は敷地の一角を借りることにした。アルヴィナ村でもそうだったが、商業ギルドという所の職員たちは獣人に対して差別や偏見がないのかもしれない。

手続きが終わりライラたちがいる3階へと行くと、すでに2人は食事を済ませておりニナは食堂にあるソファでスヤスヤと眠っていた。俺が手続きを終え2人と合流するまで起きていようとニナは頑張っていたようだが、疲労と腹一杯食べたことから来る強烈な睡魔には勝てなかったようだ。

俺はこの後の事をライラに説明すると、ライラはニナを背負い俺と共にギルドを出た。それから3人はギルドの敷地内の一角に俺がスキルで出した甘味屋の建物へと入って行き今日は就寝することとなった。
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