異世界喫茶『甘味屋』の日常

癸卯紡

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面倒なクレーマー

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「気にくわないなら今すぐ村を出て行け! ここは俺たちの村だ!!」

「何を!? 人族が調子に乗りやがって!!」

 犬人族の男と人族の男はお互いの胸ぐらを掴みあって拳を振り上げている。だが互いに本気で殴る気はないのか振り上げた拳は行き場を失い下げる事もできずプルプルと震えているように俺には見えた。

「何かございましたでしょうかお客様?」

俺が男たちに事情を聴くため2人の間に割って入るとニナが心配そうに俺を見つめているのが目に入った。俺の店で働き始めて間もないニナではあったがクレーマーの客がイチャモンをつけてきてトラブルになることはエゼルバラルで何回か経験があり対処法もわかっていた。だが、客同士のトラブルとなると今回が初めてだったのだ。

そのため対処法がわからなかったニナは男たちから少し距離をとっていたようだ。

ちなみに、たちの悪いクレーマーへの対処方法としてニナは以前ライラから『鉄拳制裁』というものを教わったのだとか。ライラ曰く、「人間も獣人も所詮は動物、動物は自分より力の強い者には決して逆らわないものだ」という、なんとも脳筋な言葉を鵜吞みにし、以前俺の店にクレームをつけてきた客に威圧というスキルを放ったことがあった。

威圧スキルは文字通り相手を威圧するスキルらしく、威圧した相手が自分より格下であれば相手は戦意を失うといった効果があるようだ。ニナは冒険者となった日から毎日ライラの厳しい訓練を受けており、最近では冒険者としての自信も出て来ていたこともあったため威圧をクレーマーにぶつけたのだろう。

だが、そのクレーマーは運悪くニナより格上の相手だったようでニナの威圧などものともせず、自分に威圧スキルを放ったニナに向けお返しとばかりに怒号を飛ばした。

男の怒号に驚き、すっかり怯えてしまったニナは崩れるようにその場に座り込む。そんなニナを見た男は怒りの表情を浮かべニナに近づいたのだが、その時はカウンターで甘味に舌鼓を打っていたヴィエラが仲裁に入ってくれてなんとか事なきを得た。

ヴィエラがいなかったらこの男は『店に害を及ぼす客』として神のジイさんの恩恵を受けたこの店が強制的に店から叩きだしただろう。その際、叩きだされた相手がどうなるのか俺にもわからないため、俺はなるべくこの神の恩恵に頼る事はしたくなかったのだ。

その後、ヴィエラはニナと『鉄拳制裁』などという物騒な事を教えたライラにコンコンと説教をしてくれた。2人は『クレーマーにもなるべく平和的に対応する』というよくわからない結論に達しヴィエラからのお説教は終わった。

そんなことが以前あったため今回の騒動をニナはどうやって止めるべきなのか考えていた所に俺が突然割って入ったため考えがまとまっていなかったニナは焦ったようだ。

「お前が店の主人か? お前、どう見ても人族だろ? なぜ人族が獣野郎に甘味を食わせてんだ!?」

人族の男が忌々しそうに言う。俺が誰に何を食わせようとこの男に関係ないはずだが、もちろんそんなことを言えば角が立つのは火を見るより明らかだ。

「はい、今回は店の宣伝も兼ねて村の皆さんにうちの店の甘味をたべてもらっていました。味がわからなければ私共のような余所者の店に橋を運んでいただけないのではないか思ったので」

「そうか。なら人族のお前は人区で店をやるべきだろう? それがなぜ獣臭い獣区でやってやがるんだ?」

「テメェ!! 獣臭ぇだと!?」

「人族が俺たちの縄張りに入って来るんじゃねぇよ!!」

「そうよそうよ!! 人族は人区に帰りなさいよ!!!」

『獣臭い』という言葉が気に入らなかったのか青空喫茶で食事をしている獣人たちから非難の声があがるが、人族の男はそんな彼らを何か汚いものでも見るような侮蔑を込めた目で一瞥するとすぐにまた俺と向き合った。

「場所に関しては何とも・・・・。私は商業ギルドから指示された場所で営業しているだけなので詳しくは商業ギルドに聞いていただければと思います」

「ぐっ・・・・」

さすがの男も商業ギルドを相手取ってクレームつける気にはなれないのか悔しそうに言葉を詰まらせていた。商業ギルドという名前にクレーマーの男が怯んだと見るや食事をしていた獣人たちが勢いを増し更に男を責める。

「そうだそうだ! 商業ギルドへ行け人間!!」

「テメェはお呼びじゃねぇんだよ!! 文句があるなら商業ギルドに言え!!」

「しょーぎょーぎるどにいえぇ!!」

大人の獣人たちの真似をして子供の獣人もヤジを飛ばしている。さっきまで汚いものでも見るような目で獣人たちを見ていた人族の男もさすがに堪忍袋の緒が切れたのか、いきなり懐から包丁を取り出し獣人たちに向けて切っ先を突き付ける。

「テメェ、やる気か!?」

「人族風情が・・・・」

「ままぁ~」


包丁を向けられた獣人たちは恐怖で言葉が出なくなりさっきまでの勢いは消えていた。

「ははは、頭の足りない獣といえど刃物は怖いようだな! まぁわからないでもない、お前らは包丁やナイフなど死ぬまで買う事が出来ないだろうしな」

男は勝ち誇った顔で包丁を獣人たちに向けて笑っている。男の注意は完全に獣人たちに向いていると思った俺は男の背後から左手をのばし包丁が握られている男の右手首を力いっぱい掴むと右手をギュッと握り男の顔面に拳を叩き込んだ。

「「「 !? 」」」

驚いたのはニナたち甘味屋の3人だ。間違いなく世界最弱で暴力とは無縁だと思っていた俺が武器を持った男をいきなり殴りつけたのだから無理もないだろう。俺の拳がクリーンヒットした男は顔を手で押さえて悶絶している。

「マスター殿、やるではないか!!」

「ますたぁは武道家さんだったですか? スゴイ強いでした!!」

「あらあら、、、うふふっ カッコよかったわよマスターさん」

3人からの称賛を貰い俺も満更ではなかった。そんな俺を見ていた獣人たちからも「すごいぜ兄ちゃん」とか「胸がスッとしたわ」という言葉が飛び交いすっかり油断していた俺の背中にはドンッという音と共にさっき殴り倒し悶絶していた男が寄りかかっていた。

歓声が上がる青空喫茶の中にいながら俺の耳には周りの人たちの声も音も一切入って来なくなっていた。男が寄りかかって来た背中に痛みが走る。俺は自分の背中を確認するため手をのばそうしたが、次の瞬間俺の目に映ったの青ざめて俺の方へと駆け寄ってくるニナ、ライラ、ヴィエラの3人の姿だった。


        ・・・・どうやら俺は刺されたらしい。
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